カテゴリ:その時、その瞬間
その音は、10円玉でも、50円玉でも、100円玉でもなかった。 明らかに500円玉だった。 俺はバスを待っていた。 多くの人々が行き交う中、男はお金を落とした。 その音に誰よりも早く反応した俺が、 何と無く恥ずかしい。 俺の2メートル横だったから仕方ない。 男はあまりにも多くの人々が行き交っているため、 急にしゃがんでお金を拾うのは、危険だと判断したのだろう。 一旦、人々の通行の流れから外れて、空いた時に拾おうとしたのだろう。 俺は、一瞬、何処に落ちたのか分からないのかと思ったが、 男の視線はお金に向いていた。 そしてタイミングを見計らい拾おうとした時、 男の悲劇が起きた。 いともあっさりと、おばさんが拾ってそのまま行ってしまった。 まさに一瞬の出来事だった! あの速さは俺でも無理だろう。 歩きながらしゃがみ、そして拾い、歩きながら立ち、 そして行ってしまった。 全く無駄な動きがない、かなり訓練をした動きである。 まるで航空母艦でタッチアンドゴーの訓練をしている戦闘機だ。 はたまた、鷹が地上の獲物をキャッチして、飛び去るような、 とにかく素晴らしく見事な動きだった。 おばさんは、多くの人々が行き交う中で、物の見事にお金を拾い、 何事もなかったように人々の通行の流れに乗って行ってしまった。 男は諦めるしかなかった。 俺が落としたお金です。 と言ったところで、そのおばさんは認めないだろう。 なんなら俺が証人になっても良かったが、男は一瞬、おばさんの後ろ姿を見て行ってしまった。 時間にして、15秒くらいの出来事だった。 俺は笑い顔を隠すために口元を手で覆った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[その時、その瞬間] カテゴリの最新記事
|
|