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テーマ:史跡めぐり(508)
カテゴリ:名所江戸百景
隅田川に架かる蔵前橋の少し下流、江戸時代に浅草御蔵が置かれていた川岸には、「首尾の松」と呼ばれた松が生えていました。
首尾の松の枝は、隅田川の川面にさしかかるように枝垂れていたそうです。 歌川広重「名所江戸百景 浅草川首尾の松御蔵河岸」 この松が「首尾の松」と呼ばれる由来は、諸説あるようです。 1.寛永年間に隅田川が氾濫した時、当時謹慎中であった老中阿部忠秋が、徳川家光の面前で人馬もろとも川の中に飛び込みました。 そして見事に対岸に渡りきったため、家光が賞して勘気を解いたことから、そこにある松を「首尾の松」と呼ぶようになったとの説が1つ。 2.吉原を行き来する通行人が、船で隅田川を上り下りする途中でこの松に立ち寄り、「首尾」を語ったことから、「首尾の松」と呼ばれるようになったとの説。 3.江戸時代にはこの辺りで海苔を採るために「ひび」を立てていましたが、「ひび」が訛って「首尾」となり、ここに生えていた松を「首尾の松」と呼ぶようになったとする説。 1の阿部忠秋については、この手の話が多いので、あまり信憑性はないように思います。 2についても、「わざわざ船から下りて話すことでも…」と思うので、存外3番目の説が正しいのかも知れません。 (最も面白くもなんともない説ですが) 現在はその首尾の松も枯れてしまい、7代目の首尾の松が蔵前橋の脇に植えられています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022/03/07 02:06:35 PM
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