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カテゴリ:海・港・岬・灯台
静岡の清水から、東名高速ではなく国道150号線に入り、さらに先を目指しました。
海岸沿いの国道というのは、ただ運転しているだけでも気持ちのいいものです。 国道150号線は「いちごライン」の愛称があり、窓を全開にして走っていると、太平洋の潮の香りと共に、沿道のイチゴ畑からはイチゴの甘い香りが入ってきました。 そんな150号線を走りながら、目指した先は御前崎です。 御前埼灯台の遠景 海岸線に出ると、「静岡県最南端の岬」とありました。 石廊崎を訪れた時、「最南端」の文字だけが印象に残っていて、てっきり石廊崎の方が南だと思っていました。 (「静岡県最南端の『岬』」とあるのがミソでしょうか。静岡県の最南端は石廊崎の沖合にある神子元島で、「岬」なら御前崎ということだと思います) 御前埼灯台の下には、「地球が丸く見えるん台」と呼ばれる場所があります。 「地球が丸く見えるん台」から見た海岸線 そして太平洋です。 この日は割と波が穏やかな方だったと思います。 沖合の水平線上をクルーズ客船と思しき船が西に向かっていたので、40倍ズームで撮影してみました。 遠目にはわずかにクルーズ客船に見えたのですが、後で画像を見てみるとコンテナ船でした。 コンテナが満載ですが、これから日向灘を抜けて東南アジアやヨーロッパ方面に行くのでしょうか、それとも関門海峡を抜けて中国大陸に向かうのでしょうか。 (この大きさなら、ギリで関門海峡は通過できそうです) 御前崎は「海の東海道」とも呼ばれ、江戸時代には日本史ではおなじみの菱垣廻船や樽廻船が沖合を航行して、江戸と上方の物流を担っていました。 それでも沖合での座礁や難破が多いため、1635年に行灯型の灯台「尾火燈明堂」が御前崎に設置されました。 現在も御前埼灯台の横に尾火燈明堂が保存されています。 尾火燈明堂 そして明治時代に入った1871年、リチャード・ブラントンの設計で建設されたのが、西洋式の御前埼灯台です。 どこの灯台もそうですが、やはり白亜の灯台は青空によく映えると思います。 御前埼灯台は一般公開されているのですが、この時は時間が早すぎてまだ開いていませんでした。 そしてどの灯台でもおなじみのデザイン、燈光会の案内板です。 ちなみに前回石廊崎を訪れた時の案内板がこちらです。 石廊埼灯台がN34°36′10″、御前埼がN34°35′45″と、御前埼の方がわずかに南にあるようです。 そして石廊埼灯台が「毎16秒に白1閃光赤1閃光」なのに対し、御前埼灯台は「10秒毎に白色を1閃光」となっています。 さらには石廊埼灯台の明るさが6.1万カンデラに対し、御前埼の方は56万カンデラと、桁違いの明るさです。 夜間航路を航行するプロの船乗りにとっては、同じ灯台でも石廊埼と御前埼は一目瞭然なのかも知れません。 GPSが発達した時代で、御前埼でもレーマークビーコンが廃止されましたが、現在も灯台は夜間の航路の道標となっていると思います。 (GPSに不具合があった時、夜間航路では灯台の閃光だけが頼りかも知れません) この後は再び国道150号線「いちごライン」を戻り、いよいよ権現様に向かいました。 タイヤをミシュランのパイロットスポートに換えてあげたので、私の「彼女」フェアレディZもご機嫌でした。 いまどきゼットに乗る人も少ないと思うのですが、横浜ナンバーのZ33(1つ前のタイプ)で、テールランプに特徴があるので、もし見かけたら声を掛けてあげて下さい。 (渋滞待ちの間など、対向の人に気軽に声をかけられることはよくあります) 私に限ったことではありませんが、ゼットのドライバーは煽り運転や左からのぶち抜きなど、悪質な運転はしないので、悪しからず。 (クラフトワークの「アウトバーン」や、電気グルーヴの「シンカンセン」を音楽で流している時は、ついアクセルを踏んでしまいますが、ご容赦ください) 海上保安庁「日本の灯台50選」 [CD] 電気グルーヴ/VITAMIN お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018/06/11 07:02:19 AM
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