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『士君子は貧にして、物を済うことあたわざる者なり。
人の癡迷(ちめい)のところに遇いては、 一言を出してこれを提醒(ていせい)し、 人の急難のところに遇いては、 一言を出してこれを解救(かいきゅう)す。 またこれ無量の功徳なり。』 (学があって徳の高い人は、自分が貧しいから人を物質面で 救うことはできない。 しかし、愚かで迷っている人に会った時には、 助言して苦や悩みから解放してやることができる。 これも、計り知れない功績というものである。) 学があって徳の高い人は、貧しいから人を物品で救うことは できないが、助言で救うことができるという。 私は、その助言で助けられた。 夜学へ通っている時であった。 「君は夜学へ通っているそうだな。 夜の次は朝だ。 昼の者より早く朝がくるからな。」 こともなげにいっているようであったが、 私にとっては励ましの一言であった。 会社が借金苦に悩んでいた時、ある人に話したところ、 「借金なんかでくよくよすることはありませんよ。 あんなものは返せばいいんですから。」 なるほど言われるとおり、悩むことはない。 会社がその日暮らしの状態で、社員を経済的に救い 喜ばせることができなかった時のこと。 そこで思いついたのが分社経営。 営業店を中心に40部署を独立会社にしてしまった。 いずれも株式会杜であるから、一社3人の取締役にしても 120人の取締役。 その中から40人の代表取締役が生まれることになる。 3人、5人の会社でも名刺はマンモス会社の社長のそれと 変わることはない。 これこそ本項にある「無量の功徳」といえるだろう。 (『菜根譚』を読む 井原隆一著より) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.08.22 06:15:07
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