|
カテゴリ:翻訳裁判所
梨畑がトラドキスタンの領土に自らの訳文をもちこまないかぎり、警察は動けない。それも単にもちこんだだけでは、せいぜい現物を押収して、国外退去を命じることくらいしかできない。 何か方法はあるか。梨畑は月に一度ほどヤポニアに通っている。 日本国からヤポニアまでは、トラドキスタン航空で将来の首都スバーハワダルマヤ経由で行くしかない。 上空では、飛行機が属する国の法律が適用されるという国際法上の取り決めがある。 梨畑の渡航を確認すると、警察は航空会社と連絡を取って、両隣の席を確保した。 二人の刑事はたくみに話を切り出したが、梨畑がなかなか乗ってこない。ようやくアロマセラピーに話にまでこぎつけたが、自分で訳した訳文はもっていないらしい。 これじゃあ、とても逮捕はおぼつかないゾ。二人はつぶやいた。 そうだ、名案がある。 「梨畑さんとおっしゃいましたね。実は私、ちょっと会社で不得手な英語の訳を時々まかされましてね。このqualified and unqualified doctorsがうまく訳せないんですよ」 すると、美樹は得意げな笑みを浮かべた。まるで「そんな簡単なことがわからないの。可哀想な人たち。お姉さんが教えてあげるからね」とでも言っているようだった。 「qualifiedというのは「資格のある」という意味なの。un だから、ないでしょ。およびがあるからふたつをつないで、資格のあるおよび資格のない医師。英語ってそんなふうに考えると簡単でしょ。私ね。思春期のころ、アメリカに住んでたの」 「ほおお、すごいですね。すみませんけど、何か紙に書いて、梨畑先生の署名、いただけませんか。私、ほら、会社じゃ、全然信用なくて、私の訳した日本語、なかなか採用してもらえないんです。飛行機で偶然、先生にお会いして、この訳、先生のお墨付きをもらったって言えば、同僚も信用してくれますんで。悪いんですけど、これ、教えてもらったんじゃなくて、私が訳して、先生に確認してももらったということにしてくださいね」 「まあ、先生だなんて、私、仕事はたくさんやってて、お金もそこそこもらってますけど、まだ経歴は浅いのよ」 「まあ、それは謙遜として聞いておきます」 資格のあるおよび資格のない医師 この訳にまちがいありません。梨畑美樹 美樹が署名を終えた瞬間、二人の刑事は美樹の両脇を抱えてスバーハワダルマヤ空港の詰め所へと消えた。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.12.23 09:00:31
コメント(0) | コメントを書く
[翻訳裁判所] カテゴリの最新記事
|