カテゴリ:秘密の傷跡
あんなに酷い死に方をしたのに、もう怖い夢は見ない。 夢の中で逢えるのは年にほんの二回、三回なのに。夢の中でしか逢えないのに。とてつもなく悲しい夢ばかりだった。 内容は平凡で単調なのに悲しみが波紋の様に静かに広がり、目覚めるとぽろぽろと静かに涙をながしていた、そんな夢。 例えば、お魚屋さんへ行くと亡き彼がカウンターで接客している。見間違えではなく、時々街角でどっきりする様な他人の空似ではなく、確かに亡き彼。直ちに落ちて来る静寂の中アタクシ達は顔をあわせる事も出来ず、ただただ俯いて立ち尽くす。アタクシは買い物かごを持ったまま。 あぁ、やっぱり本当は死んでなんかいなかったんだ。あぁ、よかった。よかった。でも、もう遅い。何もかも遅過ぎてもうどうにもならない。 でも酷いじゃないか。生きてるならアタクシだけにでも、いや、お母様だけにでも教えてさしあげられなかったのか。 立ち尽くしたままぐるぐると頭をめぐるのだが一言も言えない。逢えたなら言いたい事があれほどあったのに、それも何一つ浮かばない。亡き彼もただ悲しそうに俯いたままで何も言えない様子。 心の底まで冷たくなる様な蒼く沁みる悲しみがひしひしと満ちる。 お互い何も言えないまま、視線をあわせる事の出来ないまま目覚める。胸が凍てついた様に冷たい。考えてみればたいした内容ではないのに、無性に悲しくて一日引きずる。 そんな夢。 生きていたのに、逢えたのに、嬉しさのかけらもない。 愛が開いた傷口だけ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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