カテゴリ:宝物
残念だけれど、やっぱり、やっぱり、やめておきます...
しくしくしくしく... と諦めようとしたものの、アタクシは往生際が悪い。やはりまた数週間後、未練たらしくケースを覗いていた。 (こんな感じ。) we can lay it away for you as long as you like, you know と言って下さった店員さんの言葉が頭の中をぐるぐるまわるのだが、やはり身分不相応だ。 当時アタクシは貧乏大学生だったが、正体は「長距離電話代貧乏」だった。熱烈な長距離恋愛をしていた、と言えば聞こえはそう悪くないかもしれないが、珍しくアタクシに負けず劣らずの頑固さを誇る(?)人との激突で神経を骨まですり減らす様な毎日だった。 ささいな事や言葉遣いでアタクシが大人げなく「カチン」としたところを、ムキになって弁解したり謝ったりしようとするのは有り難いのだが、その説明中にさらに地雷を踏んでしまう人で毎回大騒動の大喧嘩になった あんたなんかっ もう声も聞きたくないっ ガチャンッッ!!! と電話を叩き切ってしまった事も一度ではなかった。若かったなぁ。 それほど大喧嘩ができるというのは、それほど似ていたのだろうか。 当時生活を共にしていた親友B女が毎回呆れていた。あなたほど忍耐強い子はいないのにねぇ、と一緒に溜め息をついてくれた。アタクシほどの石頭も珍しいんだけれど。 でもその人には悪気はまったくなく、一途で一生懸命に接してくれているのだし、もちろんアタクシも悪いのだし、すぐにまた仲直りをして、ごめんね、もう二度とあんな軽卒な事は言わない様にすっごく気をつけるからね、と謝るその人に対して、アタクシだって最初から角々しくて悪かったしごめんね、などと元通りラブラブ感に浸り安心しきっていると、案の定たったの数日後、殆ど同じパターンでまた小さな諍いから別れ話にまでなってしまう。子供じみていて恥ずかしい話だ。 それにしても、アタクシ、いつ勉強してたんだろう。 そんなこんなで、こういう事を長距離で繰り返していると毎月電話代がとんでもない事になる。申し訳ない程割りのいい家庭教師のアルバイトなどをしていたのだが、電話代が家賃よりも高く、やはり貧乏大学生だった。 そんなある日、何度目だったか、派手な大喧嘩をし、やはり何度目だったか、やっぱりやめにしよう、と喧嘩しつつ話し合って別れた。 今度こそダメだ。 悲しくて悔しくて、でもどこか吹っ切れた爽やかな気分で、傷心の一人旅、とはいかなかったがちょっとおめかしして街へ出た。もちろん大好きな古本屋街のロマンチックな街並へ。 そんな時にあの万年筆ショップに顔を出したのがいけなかった。 今度は、オーナーのおばさんがいつもの笑顔で迎え入れてくれた。そしてあの「アガサ・クリスティー」を眺めていたら、また前回の店員さんと同じ事を言ってくれたのだが、条件が少しリッチに付け加えられていた。 少しづつ支払うのは、何年かかってもいいし、一年にどんなに少なくてもいい、と言ってくれるのだ。 そんなに気に入ってもらえてペンも喜ぶだろう、と旧式な、真心のこもった対応が嬉しかった。 それでも手を出せずにいたら、ペンをケースから出してくれて、ちょっとこっちおいで、と奥のカウンターまで連れて行かれた。 なんと、試し書きをしてみろ、という。 インクを吸い込ませてはあげられないけれど、ペン先をボトルにちょっぴりつけるぐらいならどうぞどうぞ、とペンとノートを渡してくれた。 ちょっとちょっとちょっと。 悪魔のささやき。 ええい、ままよ。 お言葉に甘えた。 試し書きをしてしまえば最後、もう支払い開始だ、と内心判っていたけれど。鮮やかなヘビの彫刻が施されてあるペン先をインクにつける時指が震えた。 その日、財布にあった百ドル(約一万円)だけ払い、奥の棚へ仕舞われるのを見届け、店を出た時足元が軽やかになっていた。 だが、持って帰れるまで、本当に何年かかるのだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[宝物] カテゴリの最新記事
|
|