テーマ:こわーいお話(348)
カテゴリ:旅先
チェックイン直後、ちょっと首を傾げる事があった。小さなスーツケースをころころ引っ張りながらエレベーターに乗ると、同時に乗ったおじさんが「君どのフロア?」とボタン・パネルの前で指を構えた。
えっと、六階です、有り難うございます。 「オッケー♪」 ぽち。 「あれ?」 ぽち。ぽち。 「あれれ?」 アタクシだけ、フロアのボタンが作動しない。 見るとエレベーターのボタンは上から [8] [7] [6] 【5】 【4】 【3】 【2】 【C】 【M】 【☆L】 となっていた。【☆L】から【5】のボタンは点灯しており、その上の[6][7][8]は消えていた。その消えているボタンは押しても作動しないのだ。 一瞬戸惑ったが、「特等フロアなのでカード・アクセスです」と言われたのを思い出した。案の定、カードを差し込むと[6]から【6】になった。 おじさんが「ヒュー♪」と口を鳴らす。 違うお兄さんに「君だけスペシャルなんだね!」 なんて言われてしまう。 納得いかない。エレベーターにカード・アクセス装置があれば客室フロア全部そうするのが普通だろう。だがこのホテルは【☆L】から【5】はカード無しで行けてしまうらしい。 初めてだ。こんなとこで変に差を付けなくても良さそうなものだ。セキュリティーは客全員同じく大切じゃないのか。 コチラのホテルでは一般的に 【☆L】=ロビー の上が 【M】=メザニン(中二階)で、レストランやら舞踏室などはだいたいここだ。このホテルの場合、前記の 特等ラウンジもこのメザニンにある。 ちょっと大きなホテルだとその上が 【C】=コンファレンス(会議室)レベルになっている事が多い。会議室や宴会用広間などがある。 ある晩、遅くまでラウンジで雑談していた。そして深夜二時頃、遂にスタミナ負けして退散する事にした。 一人六階に向かうエレベーターの中、箱の現在地の表示ランプをぼんやり眺めていると【M】を素通りし、次の【C】でなぜか ポーン... と扉が開いた。開く扉の先の空間が見えたとたん、思わず後ずさりした。 真っ暗。 省エネかなんだか知らないが真っ暗なコンファレンス・フロアなんて初めて見た。 気味悪い。 もちろん、誰も乗ってこない。 扉がなかなか閉まらないので、ぽち、と【6】のボタンを再度押してみる。 閉まらない。 閉まらない。 じっと待つ。暗闇の中から、下のメザニンのレストランからだろうか、微かにピアノが聞こえる。 まだ閉まらない。 めったに押す事のない【><】(閉める)のボタンも押してみる。ぽち。ぽち。 閉まらない。 その時、広間の向こうの暗闇で「サワッ...」と布ずれの音がした。いや、気のせいかもしれない。 見ない方がいいのかも、と思いながら【><】を連打した。だがやはり目を凝らして暗闇を覗いてしまった。[ EXIT ]サインの赤い光と窓からの僅かな明かり。 高い天井に届きそうな優雅なカーテンが一カ所だけ「サワッ...」と動いた。いや、気がしただけだ。きっと。 エレベーターの故障だったらどうしよう、と思ったとたんにドアが「スーーーーッ」と閉まり、【2】、【3】、【4】、と上がって行った。 難なく六階に到着し、当時「古風でお洒落だな♪」としか思っていなかった例の煙の香りのする廊下を通り、時差で起きているはずのムーミンに電話した頃にはもうあの暗闇から感じた視線は忘れかけていた。 そして最後の晩、夜の古城ツアー直前、アタクシが心配していたのはあの真っ暗なコンファレンス・フロアの事だった。あれ苦手だな。今からあの暗闇に向かうんだ、と思うと背筋が寒くなった。 「行くよ」と言われ、まずロビーを横切り、メザニンに向かう階段を上った。 - - - 続く あるいは、目次 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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