テーマ:海外生活(7772)
カテゴリ:旅先
K がうずくまっていた。なぜ判るんですか。やっと絞り出した様な声を出す。
ホテルの怪談を知っているスタッフが同行していると、どうしても視線や僅かな動作やらで無意識に「現場」をしめしてしまうのかも知れない。そう思いつき、気をつけて観察していたがアタクシには探知できない。だがケリーがそれらを読み取っている可能性は否定できない。 仮に彼女が身ぶり言語を読み取る訓練を積んだ達人だとする。それで説明できるだろうか。 本当に彼女が言うように、この非常階段の下にはひび割れた床があるのだろうか。 ふー、とケリーが溜め息をついた。 ただ落ちたんじゃないね。押されたか、取っ組み合いだったか、誰かに落とされてるね。 しゃがんでいた K がへたり、と座ってしまった。「他に何か?」と目を大きく見開いて聞く。 ずっとずっと昔だね、とケリーが付け足した。 「あの自殺の若い男性は最近だけど、この非常階段の人は、百年...は経ってないけど、もしかしてこのホテルの建設中?そうだね、まだ工事中。で、床がひび割れてるのは彼の身体の衝撃じゃなくて、持ってた工具箱かなんか、鉄製の重い物。」 なんで?なんでそんな事まで判るの...? 今のとこそんだけ、と目を伏せた。 K と E が顔を見合わせている。 「いいですか?あたし達が知ってる話。」 アタクシはさっきから一心不乱にメモを取っていたペンを握り直した。(余談だが、このメモを訳しながら書いている。) K は、「その通りです、全部」と言う。 「全部合ってます」 ババババッと鳥肌が立った。 同時に、R が驚きの声をあげた。「ボク知らなかった!」 R はひびがあるのは知っていたし、それが落下事件らしいとも先輩に聞いた。けれど新入りをからかっているんだろう、程度に思っていたらしい。それが事実であり、大昔で、工事中だったなんて初耳だと言う。「押されて落ちたなんて、あんまりだ」と眉をしかめた。 「オフィスに当時の新聞記事が保存されているから後で見せてあげる」と K が立ち上がった。「建設中のホテルの写真も一緒に掲載されてるから。」 鳥肌が治まらない。一致する点が細かすぎるし多すぎる気がする。 イヤな疑問が浮かぶ。本当に霊視しているのか。それともテレパシーで、K や E など、生きている人間から読み取っているのか。 後で思い返すと自分で鼻を鳴らしてしまうほど非現実的な質問だ。 ここはあんた達が言う花嫁さんと、それからあの小さな男の子と。それだけかな。このメザニン・フロアは他にたいした事ないね、と言うケリーにスタッフは頷いていた。 メザニンの特等ラウンジを幾度か使った。だがそれはエレベーターの正面にあり、こんな奥まったところからは見えない。メザニンには他にレストランがあるが、そこには何も出ないらしい。 「でも上のボール・ルーム、出るでしょ」と付け足した。 ぞっとする。舞踏室の幽霊なんて強烈だ。会いたくない。広い広い暗闇に逃げ惑う自分の姿を想像して震え上がった。 「ひびの入った床、覗いてみます?それとも後にします?」と K が聞いた。 非常階段のひびを見て、それからまたこの踊り場に戻ろう、と言う事になった。 色々な階段を上ったり下がったり、思わぬ運動だ。 まず非常階段から下を覗いた。確かに、真ん中の正方形に不自然なひび割れがあった。 この写真を撮った後、非常階段を下りた。そこでひび割れた床のアップ写真を撮ろうとしたら iphone がフリーズした。 これってマズイ? いや、気のせいだ。気のせい。そうに違いない。 メザニンの踊り場に戻ると、恐る恐る「花嫁」の階段を上った。ここを上がると彼女が使った公衆電話があるはずだ。 そして上り詰めたところで、ケリーが恐ろしい事を言った。 このフロア、一杯いるね。 - - - 続く あるいは、目次 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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