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カテゴリ:こども
本当に本当にご無沙汰しております。
書きたかった事は沢山あったのですがこんな形でブログを再開しようという気になろうとは思いもよりませんでした。 それは今の私にとって大きな出来事で…。 子供が産まれてはや七ヶ月を過ぎばたばたな中来た昨日、その悲しい知らせは突然やってきました。タイトル 「大好きなみんなへ」。息子がきっかけで出来たママ友の一人からでした。 文章の出だしは「突然の事で私自身もまだ信じられないんだけど13日AM6時6分最愛の息子Uが乳児突然死症候群で亡くなりました。」 私は目を疑うと同時に読みすすめるうちに涙が止まりませんでした。 彼女と彼女の子Uくんに出会ったのはまだつい最近の昨年12月はじめ頃。 住んでいる市がやっている前期の離乳食教室でした。 話せば長いのですが私は出産こそ実家ほうの大病院でしましたがその前にこちらでお世話になっていた産婦人科のマタニティヨガに通っておりそちらに来ていた1人と出産前から連絡をとっていて四ヶ月検診には待ち合わせして行きました。 そこでマタニティーヨガに通っていた別の2人とも再会しランチでもしようと約束していました。 そのランチを約束したのが離乳食教室の日。そのうちの1人がもう1人の彼女を誘っていました。 ランチはこの離乳食教室の後だったので挨拶もそこそこみんな席に着きました。 彼女と私は一緒のグループで私のすぐ前にU君を背負って座っていました。 U君は当時五ヶ月に満たない息子たくの体重が7キロぐらいだったのに対しなんと10キロ。もちろん月齢は半月も違いません。 我が息子を背負うだけでもやっとの大柄な私を前に華奢で小柄な彼女はその体にはあまりにも大きなU君を「重いよね~」と絶やさない笑顔で背負っていた姿が印象的でした。彼女の笑顔はきらきらしていました。 ママである幸せがその笑顔にはいっぱいつまっていました。 その後1人を含め六人組のママ仲間になった私たちはうちでクリスマス会や新年会をやったり悩みとかあればメールをやりとりしたりの仲になりました。 U君は子供の中で一番大きいだけでなくせいかくもおっとりどっしりしていて愛嬌のあるクマのぬいぐるみのような笑顔が印象的で癒しの存在でした。 彼は(彼だけでなくほかの子もなのですが)なぜか出会った日から私を見ると満面のくったくのない笑顔を私に向けてくれる子でした。 新年会の日のこと。お腹がすき泣きながら彼女のおっぱいに吸い付きながらも私をチラッと見てにっこり微笑むその姿が目に焼きついて今も離れません。 知り合って日は浅いですがみんな良い人ばかりで自分の子のようにお互いの子供を思いやっていました。 彼女とU君の家は私の家から一番近く。散歩で歩いて行ける距離。同じ男の子ということもあり将来ずっと一緒に学校に行ったり成長していく初めての長い友達になるんだろうなと夢見ていました。少しそんな話をしたので彼女も同じ気持ちだったと思います。 亡くなる前日も「お茶でも飲みに来て下さい」とメールをくれてそれに私も「都合の良いときを教えてね」と返信しました。 いつもすぐ返信をくれる彼女がその日も次の日の朝も返事がなくとても心配していました。 「なんかあったかな?」 「私勘違いされるメール送ったかな」 なんて思ってみたり。 まさかそんなことが起こってるなんて全く思いもよらず・・・。 彼女のメールより抜粋 「亡くなる前夜、いつものように(いつも以上に)げらげら笑い、夜の九時におっぱいをあげると10分後にはおりこうさんに寝てくれて、・・・・・まさかUに朝が来ないなんて少しも考えもしませんでした。旦那が朝五時にふと目を覚まし、『U君寝てるかなー』とのぞくといつものガッツポーズのまま、不自然なくらいにイイ姿勢のUは全く息をしていませんでした。・・・・私はすぐに救急車を呼び旦那は心臓マッサージと人工呼吸を泣き叫びながら無我夢中でやっていたんだと思います。・・・・・昨日親戚も呼ばず家族だけで葬式をしたんだけど、それでも亡くなったことが理解できなくてここ三日間ほとんど食べれないし、夜が怖くて眠れない日々を送っています。家に帰るとUのものだらけで・・なのにUはいなくて・・・。」 これは一部ですが彼女は苦しみの中で一生懸命私達に様子を送ってくれました。 「生前はUと遊んでくれて、抱っこしてくれて、本当にありがとうね。みんなと遊んでもらえて、Uは幸せだったと思います。これから一緒に遊びたかったのにもうUはお花畑いっぱいの空にいってしまいました。でも、みんなと遊んだ思い出は一生忘れないし、Uは、みんなの幸せを空から見守ってくれてると思います。赤ちゃんをUの分まで幸せにしてあげてね。」と書いてくれました。 彼女が深い悲しみの中私達に送ってくれたメール。 どれだけ時間をかけてどれだけやっとの思いで書いてくれたのかと考えると・・・。 私自身まだショックで色んな思いが1日中ぐるぐる頭の中をかけめぐっています。 この日記を書く間も何度とつらくて涙で画面が見えなくなりました。 仲間のみんなもきっとまだ同じ気持ちだと思います。 でも、彼女が一生懸命彼の為に笑顔を取り戻そうとしているのが伝わるこのメールをもらって 私自身も奮い立たせるために書こうと思いました。 そして息子の初めての友達になってくれたUくんの為にも・・・。 今は深い沼の底にいる彼女もきっとまた近い将来新しい命に出会いU君の思い出とともにまた笑顔で過ごせる日が早く来て欲しいと心から願います。 私は自分の我が子を一生懸命育てていくとともにU君の屈託のない笑顔とこの出来事を絶対忘れないと思います。 いつも笑顔だったU君の為にもみんなで笑顔で過ごさなきゃねと他の子と話しました。 乳児突然死症候群は2500人に1人の確立で起こる出来事だそうです。 多いか少ないかはその人の感じ方ですが原因も分らず苦しみや行き場のない後悔を味わい続ける親がそれだけいるということ。 そして誰にも突然起こる可能性がある出来事ということ。 それは本当につらいことです。 U君へ こちらこそたくと遊んでくれてありがとう。 たくのはじめてのお友達になってくれてありがとう。 おばちゃんとも遊んでくれてありがとう。 おばちゃんはU君の笑顔、ここに生きていたこと、一生忘れません。 そしてあなたのママという素敵なお母さんにめぐり合わせてくれてありがとう。 みんなやお母さんをずっと見守っていてあげてね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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