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tartaros  ―タルタロス―

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2008.06.08
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カテゴリ:読書
「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」という言葉がある。

たとえ恐ろしい幽霊であっても、その正体が枯れ尾花であれば……実体さえ知ってしまえば恐ろしくはない、という。

人間が暗闇を恐れるのは、その先に何が存在しているのかを図る事が出来ないからではないだろうか。まったく見通しの利かない暗所で、「自分の生命や安全を脅かす恐怖の源泉が、息を殺してジッと居座っているかもしれない」。一度そのように考え始めると、暗黒に包まれた視界の奥、心の中もまた恐怖によって真っ黒に塗りつぶされていく。
「想像力」というのは人間が天から授かった至宝だが、同時にそれは心に不安を増大させる装置へと容易に変化する。実際には何でもない、ただの安全で平坦な道が広がっている暗闇でも
、人間は光が存在せずに先が確認できないというだけでどうしようもなく疑心暗鬼に陥っては、勝手に不安を増大させていく。

それを解消する術は、モノの本質を「知る」事である。
暗闇が怖ければ明かりを点けて周囲の状況を確認すればいいし、幽霊が怖ければその実体を知って安心を得たり対策を立てたりすればいい。

まさしく「知る」事は、人間が疑心暗鬼を打破するための強力な武器に他ならない。

―――――――

だが……もしも恐怖や疑心暗鬼といった感情を消し去るための「知る」という行為が徒労に終わってしまったら? 
最後までその正体を知る事ができなかったとしたら?

望月峯太郎「座敷女」(講談社)は、そうした不条理性に起因する恐怖を持つ物語だ。


当初、「山本君」に付きまとっていたはずのサチコと名乗る不気味な女(座敷女)は、次第に主人公・森ヒロシへとその目標をシフトさせたかのような行動に走り始める。
ヒロシの部屋に残された座敷女の痕跡……「ポーチ」「爪」「書置き」といった諸々の物は、本来ならば誰にも侵されないか、あるいは家族・恋人・友人などといったごく近しい人々にのみ開放されるべき「個」の空間へと確実に侵入し始める。
森ヒロシという「個」の内部へと正体不明の大女というもう一方の「個」が、異常な形態をとりながら侵入してくるのである。
侵されざるべき「個」が侵されるのは恐怖である。それが異常な形態をしていればなおさらだ。

座敷女がヒロシに対して何かの目的があるとしたら、その行動もある程度は納得が行くだろう。
だがその目的、行動の前提となるべき目的という意識は、座敷女の口からは全く明かされる事がない。言葉の端々からヒロシに対して強い思い入れを抱いているようにも見えるが、それが恋愛感情なのか、あるいは全く違う別の何かなのか。それを読み取る事は非常な困難と言わざるを得ない。
その上、本来なら座敷女が付きまとうべき対象であるのはヒロシの隣人である「山本君」であったはずだ。だが、座敷女は「山本君」の存在を知らないと主張し始める。

何故彼女は自分に付きまとうのか?
ただ目的が不明瞭なままに襲い来るのでは、どうしていいか判るはずがない。
行動の是非を「判る」ためには相手の性質を「解る」ことが必要のはずなのに、それさえもできない。そうなると、場当たり的に恐怖の対象からは逃げるか、あるいは戦って打ち負かすかの選択しか残されなくなる。
だが、その逃避も戦いも、座敷女の前では無駄に終わる。この女はいくら走っても決して疲れることが無く、どれほど暴力で打ちのめされも泣きながらどこまでも追いすがって来る。その姿は先の不明瞭な行動の目的意識と相まって、何か人間を超えた化け物じみた生物であるような印象さえ想起させる。

やがてヒロシの友人・佐竹は座敷女の泣き顔に、忘れかけていた或る人物の存在を思い出す。その「怒って泣きじゃくる子供の顔」から佐竹が想起した人物。
それは、小学生の頃、ヒロシと佐竹が二人で「悪霊」という仇名を付けてイジメの対象としていた少女・「田尻早苗」だった。二人が「発狂」と呼んでいた、いじめられて泣き出した時の田尻の顔に、座敷女の顔はそっくりだったのだ。
田尻はいじめられた時のことを今でも恨んでいる。今までの座敷女の奇行は、あるいは心を病んだ田尻がヒロシに対して行った復讐だったのだ。
そのように解釈するなら、座敷女の変質的な行動も納得がいく。
合理的である。少しは恐怖感も薄らいでいくというものだろう。
冒頭に挙げた「知る」という事での恐怖の払拭だ。

尤も…………その解釈が的中していれば、の話だが。

―――――――

本編中を通してもう一度考えてみると、座敷女の正体を暗示させるような断片的な情報はいくつも登場している。
だが、それらはあくまで「断片的」なものに過ぎず、これさえあればという「決定的」な情報にはなり得ない。手に入れた情報から類推するしかないのである。
果たしてヒロシが目にした断片的な情報は、類推するに足る質を持っているか。
座敷女がヒロシの部屋に残した様々な痕跡も、自殺に関する語りも、「山本君」の部屋に残された夥しい量の呪詛の言葉も、座敷女という人間の形をとったクリーチャーに潜む異常性の証拠にはなっても、その正体を推測・類推する要素とはならなかった。
その上、彼女の正体を突き止める唯一の希望だった田尻早苗は、実は座敷女とは全くの別人である事が判明する。

―――――――

だが彼らは、座敷女を見ていきなり田尻早苗を連想したのではなかった。ならば、忘却の底に第二、第三の田尻早苗が隠れていてもおかしくはないだろう。

(中略)

かくして疑惑はあまねく過去の闇へと広がっていく。その宙ぶらりんの感覚は、確証がないぶん、妄想的な色合いを帯びていく。
もしも現実に座敷女につきまとわれたりしたら、誰しもが自分の過去に残してきた「やましい行為」「無神経な行為」の可能性を検証せざる得なくなるところに、『座敷女』がたんなるホラーにとどまらない奥行きを感じさせるところだろう。人は因果関係や経緯を了解せねば、精神を落ちつかせることができない。真に不条理であるなら、それはそれで自分自身を説き伏せることができるかもしれない。けれども、不条理なのか理由があるのか、そのどちらとも判断のつかないところが、まさに人を当惑させる。思わせぶりで中途半端な情報こそが、人を妄想的にする。


(春日武彦:漫画『座敷女』―――「性格異常者」の都市伝説)

―――――――

どれだけ座敷女の異常性が暴露されたとしても、その正体を知る事はできない。
ヒロシを付け狙う目的も、異常に執着心の強い性格も、蹴り倒されてもまたすぐに起き上がって来る身体能力の高さも、その全てが不明瞭な闇に包まれたままで、そのくせ恐怖と脅威だけは確固たる現実的な形で眼前に存在し続けているのだ。

ヒロシは骨折して入院し、院内で座敷女から逃げ回った挙句に捕えられ、彼女から首に何かの注射をされて殺されてしまう。
「森ヒロシ」という存在は、「座敷女」という人の形をとった不条理という名の化け物に喰われてしまった。
だが、主人公の死でこの物語は終わらない。

彼は、巷の人々の口の端に上る風説や噂話に取り込まれ、その命を失っても尚、存在の残滓をかすかに残し続けることになった。人間一人の死など、一歩外縁部に出て他人事として捉えてしまうと、好奇心を満足させるための玩具であるとでも言いたげだ。
そして……ヒロシの死後にようやく戻ってきた「山本君」は、その噂話や周辺情報から何とか座敷女の正体を突き止めようとするが……これも(あるいはヒロシ以上に)不明瞭で断片的な情報しか得る事ができない。

「いったい どういうことなんだ……誰も本当のことを話してくれないのは 誰も本当のことを知らないから?」

――――――

あれだけの異常な体験を経験しながらも、決して終わる事のない日常に溶け込んで消えていった森ヒロシ。座敷女が彼にもたらした不条理の真の姿を知る者はもはや誰も居ないし、知る事すら不可能である。


ラストシーンの

「END?」

の4文字は、見る者にありありと予感させる。
終わる事のない日常に我々が住まう限り、「座敷女」という恐怖の衣を纏った不条理で知覚不可能なその本質が、今日もまた闇に紛れて誰かの家へと終わりなき訪問を繰り返しているのかもしれないということを。






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Last updated  2008.06.08 19:07:42
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