tartaros 　―タルタロス―

菅野聡美「〈変態〉の時代」(講談社現代新書)読了。

「変態」という言葉が意味するところ(生物の成長過程における現象ではない方)、そして「変態」という概念それ自体が時代の中でどのような変遷を遂げてきたのかを解説している。
終始「ですます」調の文体なので非常に読み易く、また判り易いのではないかと。

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曰く、明治期に「変態」という語が登場したばかりの頃は、もっぱら「変態心理」の意味を指していたという。
現代人は変態という言葉を見ると




とか、





などの、いわゆる「変態性欲」を真っ先に連想してしまうが、本来は「常態」の対義語、普通ではない心理の状況を指すもので、性的な事柄とはその一部に過ぎなかったらしい。その研究を行う学者や雑誌も存在した。
だが、時代の流れと共に「変態」の語は「変態性欲」を指すようになっていった。どうやら当局が風紀紊乱を招くとして弾圧を行った対象が、変態関係の雑誌の中でも性的な事柄を扱った記事だったのが強い印象を与えたものらしい。
また、時代の要請も「猟奇」だとか「変態性欲」を求めるようになり、「心理」は次第に消えうせて「性欲」という側面が殊更にクローズアップされるようになっていった。

それでも警察当局の弾圧をものともせず、研究者や著述家達は変態雑誌を発行し続ける。逆に取締りの対象となった事を上手く利用して宣伝に使う者さえ現れた。

けれども、時代は戦争へと向かっての歩みを辿るようになり、総力戦体制の下に変態に対する取り締まりはいや増しに厳しくなっていった。
ついに戦後には変態雑誌それ自体が没落を初め、そして跡に残ったものは現代の日本語が意味するところの「変態」だったのだという。

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「変態」とは、元の意味においても現代の日本語においてもアウトサイドな意味合いを指す言葉だ。
昔の変態は、その変質と異常性が、画一性を求める社会という怪物に対しての抵抗の手段であった。だからこそ幾多の研究者や著述家達は当局の弾圧などどこ吹く風、懲りずに変態雑誌を発刊し続けたのだろう。
しかし、現代においてはどうだろう。
画一化された社会に生きる人間たちは、ひたすらに好奇心を先行させ、ただ嘲弄のための道具という意味づけのまま変態という語を用いているように思える。
それは閉じた共同体の内部に現れた異存在に限定されるものではなく、ただ多くの人々と異なる存在へと向けられるのだ。
常態とは異なるもの＝変態だとするならば、「変態性欲」はもちろんのこと、望むと望まざるとに関わらずこの社会から外れたあらゆるもの、モノ、物、者……それらはもはや単なるアウトサイドではなく「アウトロー」として糾弾されかねない。
もちろん、必ずしも法の下に裁かれるという訳ではない。
しかし、常ならざるモノを好奇の眼差しで見詰めたがる我々は、ある意味とても悲しい時代を生きているのかもしれない。