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tartaros  ―タルタロス―

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2008.09.16
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カテゴリ:小説紛い
「前編」はこちら


―――――――

 だが、その中で私が見た、知った光明……………。

 あの、恐ろしい死神どもの中に、たった一人だけ、私と同じ生者が居たのだ。その生者は、中年ぐらいの男に見えた。背はそれほど高くもなく、私の胸か、首の辺りまで届くか否かといったところではないだろうか。日に焼けて黒々となった肌を電車の中の証明が照らす。頭は禿げかかっており、すっかり薄くなって大半が白髪となっている頭髪の合間合間からは、その他の場所と同じく茶色い地肌の色が覗いていた。右手で電車の吊皮を掴み、左手をズボンのポケットに突っ込んでいる。左足の踵を僅かに浮かし、右足に体重をかけているために、彼の体の全体は右に傾いていた。
 電車がガタン、と揺れる度、彼はズボンのポケットに突っ込んだ左手を取り出しては頬や頭を掻いた。何度も同じことをしていたので、ひょっとしたら癖なのかもしれない。その後で額や顎を念入りに撫でさすったりもしていた。それらの動作はひどく緩慢ではあったが、そこには先の死者たちや汚物の生産者たちとは全く違う力が宿っていた。きびきびとした悪とゆるゆるとした善が、擬人化されながら私の眼前と記憶に現れていた。
彼、つまりその中年の男は、一目見たところ「労働者」風に見えた。
最初に見たのは後ろ姿だったので、その顔までは判らなかった。が、彼が着ているツナギはくたびれてよれよれになっており、あちこちに皺を湛えている。それは決して体の微妙な動きによって構成されるあの自然な形式での皺ではなく、長年着用している衣服にのみ現れ得る経年劣化の証明であろうことは容易に想像できる。おそらくはまともに洗濯もできないのではないだろうか、そのツナギは外に飛散する砂や埃を浴びていた様子は感じられないのに、どこかしらに薄らと、何らかの汚れが付着しているような気がする。油か塗料なのか、小さな染みが住まっているのが原因かもしれない。
 褪せた薄青色のツナギはそうした小さな染みと、さらに彼の黒々とした肌の色、白と黒の老化した頭髪と、そのようないくつかの色彩と混じり合って、まるで複雑なモザイクを構成しているかのようだった。
 そして彼は、まるでそのツナギが両肩に圧し掛かる酷い重荷であるとでも訴えるように、疲れ切ったその小さな背を丸め、軽い猫背になっているのだ。なおも左手はポケットに突っ込まれたままだったが、吊皮を掴む右手は、真っ白になるまで強い強い力が込められた状態でいる。私は吊皮が、円形の刃物の形をとって男の右手に食い込んでいる光景を想像した。
 彼の頭はコクリコクリと傾くことが幾度かある。それでも決して頭が下へ下へと下がり続けてついには安定するなどということはないし、かろうじて両足も意識を留めようと踏み止まっているように見えた。彼がここで醒めた意識を放棄してしまっていたとしたら、私が彼に対して抱いていた敬意はあっさりと、跡形もなく雲散霧消してしまっていたことだろう。そうならないのは彼が、持てる力を込めに込めて死者たちの牽引を引き離そうとしているからであり、強い意志を持って自らの存在を確定させようと決意しているからに違いないはずである。
 死神の覚醒と生者の眠りという、相反する二つの要素の狭間に位置する彼は、真に美しい人間だった。吊皮が食い込んで真っ白になった彼の右手は、まるで最高の技術で磨かれた最高の宝石のようだ。

 突然、電車がガタンと一度、大きく揺れた。
 
 私も無数の死神たちも、件の男も皆、倒れそうになった所を踏ん張った。一瞬だけ、あの恐ろしい死神たちの顔が恐怖に歪んだように見えた。それは本当に一瞬の間のみのことだったが、私はこの目で確かに見た。うろたえ、恐怖する死神たちの無様な表情を。何が起きたか理解できないとでも言いたげな、怯えた眼を。
 ほんの一瞬の喧騒の中にさえも、あの男はやはり存在していた。つい先ほどの揺れのためにいくらか明瞭に意識を取り戻したのか、懲りないままに左手で頬と頭を掻いている。
揺れのために彼の身体の向く角度はいくらか変わっていた。彼の横顔が、私の視界に入るようになった。濃く太い眉にもやはり白いものが少し混じっているようで、その下の眼はうっすらと、少しばかり覚醒に近づいた状態で眠りとの境を漂い続けている。顎と頬には不精に髭が生え、先ほど撫で回していたのはこれだったのだろうと思わせられた。髭の林に囲まれた中心である口は、真一文字に引き結ばれた風に見えるけれども、よく目を凝らすと少しだけ開いている。近づけば吐息の音も聞こえてきそうだった。
 顔を構成するどの部品も、本質において周囲の死神とは比べ物にならないほどの懸隔がある。一緒の空間に居ても全く苦にならないであろうし、むしろこちらから進んで居てもいいと思うくらいであった。この男を見ていると、自分が恐ろしい死神に囲まれているという常軌を逸した状況さえ忘れてしまいそうなほどだ。
 そうした非常に好ましい影響と光景を、彼は持っていた。

 ガタンガタンと2,3度連続で大きく電車が揺れ、視界が今までよりも暗さを増した。トンネルに入ったのだ。

 意識がより明瞭な覚醒へと接近したためであろう、男は、今度は身体の向きが変わるようなことは無かった。まだ幾らかその足つきはフラフラとしているようだったが、今まで体重をかけていた片足を自らの圧力から解放し、2本の足で地に立っているようになった。それは、彼の確固として明瞭たる、全く立派な意思の発露であった。彼の2本の足は、ユラユラと不安定かつ無礼にその存在を漂わす他の死神どもとは明らかに一線を画している。その瞬間、彼は死の暗闇の中でひときわ立派な輝きを放つ豪壮な神殿であり、その足は神殿を支える堅牢な柱だったのだ。朽ちかけたその姿には、何にも勝る高潔な「力」が宿っている。
 その力を侵犯することは、死神どもには絶対に不可能であろう。
 暗闇で明度の下がった電車内で、私はそのように男を視ていた。その視線は確かにその時、神々しい威容を持って屹立する神殿の姿を、この男の内部に見たのである。
 しかし――――神殿を構成する側面の壁には、一点に消し難い汚点が存在していた。それは先に乗り合わせていた汚物の生産者とも、今現在の脅威となっている死神どもとも全く異なる、完全に別種の汚点であった。汚らしいまでも、恐ろしいまでも、人の形をしていた前者……。新しい汚点は、その姿形からして人間であることを完全に放棄している。生まれながらに手も足も使うことが許されず、人に例えるならただ腹で這って歩くことしかできない者である。その地味とも派手とも如何様にも解釈できる毒々しい意匠の編み込まれた服装は、とてもではないが理解し難い別世界の感覚という気がした。
 その「別世界」が、今、男の腕を伝っている。
 腹から尻へと順々に波打たせて、その醜悪な顔を天に向けて。実際は天井を向いているその顔は、いずれ未だ見ぬ天の上にあるはずの新天地を見据えているのだ。人の姿をしていないその汚点から意志を汲み取るのは至難の技であって、いくら見つめた所で何となるものでもなかった。
 ただ一つだけ解るのは、その汚点の世界においては、今この時が生まれて以来出したことのかつて無かった程の全力を、その心から振り絞っているであろうということなのだ。否、本当のところはそれすらも私の推測にすぎない。
 思考の枷は、私が視認している汚点の歩く速度を著しく誤認させた。私が一歩進むと見るごとに汚点は二歩進み、二歩進むと見るごとに四歩進んでいる。姿ばかりか行動も思考も人間の形とは異なった腹這いの生き物……。いつの日か青い空と、黄金色の太陽と、色とりどりの花が咲き乱れる理想郷へと至り、その扉を叩くに違いないと、そうなるのが約束されているのだと言わんばかりの傲慢。
 果てぬ夢を見ている者に特有の態度が、その汚点が私に嫌悪感を抱かせた根本においての原因であることを悟った。

「ふざけるな。ふざけるな」
「身の程を知るがいい」
「お前ごときがあの高潔な男の領域に侵入するなどというのは許されざる罪だ」
「お前は埃っぽい空気の中で、一生地を這って生きていればいいのに」

 再び、私の心は憎悪で満たされた。気がついた時には必死で悪態の言葉が精神を源泉として湧き出てきていた。やはり思考の枷に囚われた汚点は、悪態の言葉に塗れてさらにさらに汚らしく真っ黒な塊へと変貌していった。
 そうして、それが私の望んだことだったのだ。
 汚点を製造する者たちも、死神どもも、全てが私に囚われて、グズグズに汚れて屈すればいい。そうなればどれほど痛快であることだろう。この世界を汚す連中が枷で拘束されて、辱められる。今まで連中に辱めを受け続けてきた私の、これが復讐なのだ。

 電車は、ゆっくりと滑るように速度を落としていった。目的地に……A市に到着したのだ。

 死神どもは一人、また一人と、窓外に視線を移し始めたようである。ようやく、連中はここから離れようとしているのだった。安息が訪れる。ようやく安息が。けれども、私もまたこのA市を目的地にしていた以上、連中とともにこの空間からは離れなければならない。それはとても屈辱的だったし、また、心苦しくもある。しかし、それが当初の目的である以上、私はまた死神どもや汚物の群れの中に埋没しなければならないのである。いまの私に可能なのは――出来得るのは――それだけなのだから。
 電車のドアが開くと、死神どもは何を求めているのか、ほとんど走っているとも思えるように、足早に過ぎ去っていった。もはや何も残されてはいなかった。ただ、私の不快だった気分だけが在るのだ。
 それを引き摺りながら、私もまた連中の後を追うかのように一歩を踏み出す。その目前には、あの男の神々しさがあった。私は嬉しく思う。実に嬉しく思う。たとえ汚物や死神が私を侵害しようとしても、この神々しさ、輝かしさを覚えている限りはあるいは、まだ。
 男はゆっくりと、しかし一方ではどこかに急いでいる様子を看取できるような足取りをしていた。出来ることならば彼の後をついて行ってみたいものだが、私にも都合があるのだから、それも叶うまい。
 やがて、男は完全に電車からいなくなった。結局、電車の中に最後まで残っていたのは私だけだった。あとは、もう、誰も何も残ってはいない。私も早く降りなければならないが――。

 けれども、その前にやる事がある。あの男は最後まで自らが「汚点」によって侵害され続けていることには気が付いていなかった。ただこの私だけがそれを知っていた。今や彼はこの場からは立ち去ってしまったが、私には彼を犯した汚点を始末する責任があるだろう。あの傲慢な奴の鼻っ柱を圧し折って、身の程を思い知らせる。
 それは私にしかできない。私がやるべき仕事だ。否、私がやれなければならない仕事なのだ。
 
 そのように決意すると、私は、電車から降りて駅のホームに立った。
そうして、あの男から転げ落ちていた汚点―――丸々と肥った醜く毒々しい芋虫―――を靴の下にして、全体重を込めて地面に押し付けた。
 柔らかいものがあっけなく潰れ、中身がトロトロと溢れ出して広がる感触があった。

 大事な仕事をやり遂げた私は…………すぐにその場を立ち去った。
後には粘つきのある汁が、コンクリートにできたホームに消し難い染みを残しているだけだったのだ。





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Last updated  2008.09.16 16:39:21
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