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tartaros  ―タルタロス―

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2008.09.25
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カテゴリ:読書
読書会のレポートです。

今回のテーマは「ヒューゴー・ガーンズバック作品」あるいは「ヒューゴー賞受賞作品」との事で、ダニエル・キイス「アルジャーノンに花束を Flowers for Algernon」(稲葉明雄訳:早川書房ダニエル・キイス文庫『心の鏡』収録)を選択。
今回読んだのは中篇版であり、後に大幅な改稿が加えられて長篇化されています。
かつてアメリカとカナダで映画化された事があるそうですが、その邦題は「まごころを君に」

……つまり、そういう事です。







 「幸福」の、その形とは何か?

 美味しいものを食べる事か?
 恋と愛を知る事か?
 金銭を得る事か?
 それとも遊びまわる事か?

 少なくともそれらはそうだろう、おそらくは大多数の人に共通している思いだ。我々はその視点から自分の周囲を、世界を視る。幸福への欲求というフィルターが、周囲への希望的観測を発生させるのだ。

 しかし、社会の構成員である我々「普通人」あるいは「健常者」という者たちに比して、幸福獲得の前提となるもの――すなわち「知能」が決定的に欠けている人々は何を求めるのだろう。
 チャーリィ・ゴードンは、「利口になりたい」と願っていた。彼は自分自身が普通よりも頭の程度が劣っている事を自覚している。だから、ストロース博士とニイマー博士の知能増進実験の手術を喜んで受けたのだ。
 言うまでも無く、その先には幸福が待っていると信じていたのだ。少なくとも彼はその低い知能で、愚直なまでに「利口になれば幸福になれるのだ」と堅く思っていたはずだ。両博士も、彼の熱意を受け入れて手術を行う。
 そして手術は成功した。彼の知能は瞬く間に上昇を初め、ついには両博士をも超えた「天才」の域に達する。
 今まで何も持っていなかった者が、千載一遇のチャンスを得て幸福になる。
 それはとても喜ばしいであるし、誰もが願っているところなのだ。誰もが欲しているものを手に入れるのは嬉しい。チャーリィのそれは「知性」だった。
 知性とは「光」だ。暗闇を照らす光があればこそ全てが見える。無知を自覚していたチャーリィには、利口さこそ幸福の証である。知性と利口さは、彼の暗闇を吹き飛ばすはずだった。そして本当の幸福を得るはずだったのだ。
 けれども、知性の獲得と共に彼は知ってしまった。
 今まで友人だと思っていた人々が、実は自分を馬鹿にして嘲笑していた事実を。
 「知らぬが仏」ではないが、真実を知るというのは時としてあまりに残酷な結果をもたらしかねない。ただ自分の頭の中で作り上げた理想の世界でその真実を知らぬままに過ごすというのは、ただそれだけで幸福と言える。
 しかし、「彼」が作った世界はやはり理想であり、想像の産物である。そこでは無条件で自らを肯定してくれる要素が有り、親しくしてくれる人が居る。
 そこに疑念は湧かないのだ。「彼」は自分を肯定している状況を肯定している。疑念を差し挟むのは否定の芽生えだ。
 チャーリィは、しかし、その疑念すらも抱く事のできない人間ではないのか?
 彼は低い知能の故に同僚たちが自分を笑うのは友情のためだと勘違いしていた。生まれ出る無条件の肯定の念が、かつての彼をして「おれを好いてくれている」と言わしめた。
 彼は他の人が見れば明らかに不幸かもしれない。だが、その時の彼は確かに幸せだったはずだ。
 暗闇の先に有る物をごく弱い明りで調べなければならない時、人は手探りしながら、その先を想像する。もっと強い明かりを欲しながら。
 手に触れている物が、きっと自分にとって好ましいものだと思っている時、心は満たされている。無知ゆえの純朴さに起因する満足感はとても幸せだ。知性を手に入れればもっと幸せになれると思うのは、さらに幸せかもしれない。疑念すら抱かないのではなく抱けない人々にとって、その楽園はとても丈夫な柵で囲まれている。
 「知っている」「知った」ことと「知らない」「知らなかった」ことが対立した時に、不幸は訪れる。残忍な真実は常に過去の理想を破壊してしまう。
 光はあまりにも強すぎて、手探りで調べていた物が、思っていたほど素晴らしいものではない事が判ってしまうのだ。光を手に入れての明度の上昇とは、つまり暗闇を消滅させてしまう。全てが見える。
 同僚たちばかりではなくストロース博士とニイマー博士、さらにミス・キニヤンも、チャーリィの天才と化した知能は追い越して行く。
 チャーリィはある時に、かつての自分と同じような知恵遅れの少年が人々に嘲笑されているのに遭遇する。
 彼はそれに対して怒りの言葉を投げ掛けるが、すぐに自らに嫌悪感を覚えてしまう。


 考えてみれば妙なことだ。ほんの少し前までは、おれもあの少年と同じように、馬鹿づらさげて道化役を演じていたのだと思うと、まったくやりきれない気持がする。
 しかもおれは、それをほとんど忘れかけていたのだ。
(p210)


 そこに存在しているのは明らかな傲慢であろう。
 「持てる者」と「持たざる者」とがある時、持てる者は持たざる者に対して憐憫の情を抱く場合があるかもしれない。けれども、その「持っていないのは可哀想」だという感情こそが無意志的かつ一方的な思い込みであり、一度はそのように考えてしまったチャーリィもまた、知性と共に傲慢さを獲得してしまったのだ。
 だが、健常な人々の間でそれに気づいている人は少ない。傲慢さと善との混同は、この場合はそう簡単に切り離せるものではないからだ。
 無知と天才の両方を経験してしまったチャーリィは、それを知った。「友人」たちの嘲笑に気付いたのと同様にだ。
 上述の感想に矛盾するようだが、彼にとってこれは不幸であると同時に幸福でもあると言えるのではないだろうか。彼はもう無知ではなく常人を遥かに超えた天才と呼ばれる人間なのである。手術を受ける前の無知だった時代のような純朴さは、それが無知という彼の性質そのものに由来する以上、いずれ失われてしまうものだったのだ。
 既に「健常」「天才」という領域の住人となっているチャーリィは、無知だった頃の感覚をいつまでも引きずる事はできない。新しい世界に入った以上、新しい世界の道理に従って生きる他は無い。その道理を新たに感得するのだから、それこそかつての彼が望んでいた「利口に」なる事であるように見える。
 そして、道理とは健常者や普通人のそれである。彼らが持っている傲慢さとは、ある意味ではチャーリィと非常によく似ているのかもしれない。何も知らない……憐憫の情、それがある意味では傲慢である事に気が付いてないがために幸福でいられるのだから。
 チャーリィが目指していた「利口になる」とは、つまり、そういう事だったのだと思う。

 誰も夢想の間は幸せだ。
 未だ見ぬ理想を思い描き、その中に生き、「いつか彼らのように」と信じていられる。その無知ゆえの幸福さは最も残酷で、かつ最も素晴らしいものなのであろう。
 そして知性の光を得て全てを知った時、真実は決して美しいものばかりではないと知る。思い描いていた理想は永久に失われるのだ。
 その清濁併せ飲む様こそが、新しい世界へと足を踏み入れた者に降りかかる、逃れ難い運命だったのではないだろうか。

 やがて、チャーリィの知能は衰退を始める。実験には重大な欠陥があり、その影響が出たのである。最終的に元の水準にまで知能が低下した彼は、あてども無い旅に出るのだった。
 けれども、彼はそれで不幸だと言えるだろうか? 彼は、むしろ幸福だったのではないだろうか?
 友情が思い込みだった事と、その後に築かれた同僚たちのいたわりを知った。
 持てる者の傲慢さを知った。
 周囲の人々の本当の姿を知った。
 そして、「知る」という事の嬉しさを知った。
 彼はそれに感謝さえしているのだ。
 無知と天才を行き来した世界でたった一人の人物であるチャーリィ・ゴードン。彼は、彼自身が「持てる者」だった頃の断片的な記憶を保持している。そして、そこにほんの一時だけ天才だった頃の幸福と不幸が存在し続ける限り、彼はそれを糧として「無知」とも「普通人」とも異なる新しい地平を歩き続ける。
 その姿を「不幸だ」と断ずる事は、果たしてできないはずだ。





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Last updated  2008.09.25 16:48:38
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