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カテゴリ:読書
レイ・ブラッドベリ「華氏451度」(宇野利泰訳・ハヤカワ文庫)を読了。
国家による思想統一のためには、およそ「上」からの指導が必要だ。 そのために始皇帝は自らの統治に不要と思われる書物を焚書に処し、サヴォナローラは美術品の類を「虚飾の祭壇」にて焼き捨てた。 強権によって一つの事しか考えないようにし、国民の思考そのものを統制する。 まったく、統一国家の支配を維持する上でこれほど効率的な事は他に無い。そうしてその施策が成功すればまったく完璧である。 「華氏451度」に描かれる未来世界もまた、一種の思想統制が行われている世界だ。 が、このディストピア小説においては、ことは「国家による検閲あるいは統制」という単純なものではないのだった。 「華氏451度」の世界では読書や書物の所持が禁止され、本は焚書官という官吏の手によって焼き捨てられる事になっている。書物が無い代わりに、政府は国民に対して耳にすっぽりと納まる小型ラジオや壁一面を覆う大型テレビを与え、音や映像による情報を与えている。そうして彼らは教育されるのである。本は害悪である、書物は読むだけ無駄である、と。 現実の世界からこの世界を俯瞰すれば、とても許容できるようなモノではない。とんでもない、書物の禁止など今すぐ止めさせるべきだ。が、ラジオやテレビによる刹那的な情報と、そこから得られる快楽とに酔わされた大多数の国民は、書物の禁止を嫌がるどころかむしろ正当な政策だと信じ切っている。テレビやラジオの情報は楽しく、自発的に何かを考える必要はない。全て必要な物はスクリーンを通して与えてもらえるのだから……。 我々は、これをただのSFだと笑えるだろうか? 活版印刷の技術が実用化され始めた時、「同じ物を大量に生産できる」という大きな利点に着目したのは、若いプロテスタント派の宗教者たちであった。彼らは絵入りの宣伝文を載せた紙を何部も印刷しては民衆の間に配布し、自分たちの思想の宣伝に努めたのであった。 ヒトラーは「わが闘争」の中で、マスメディアを利用した宣伝工作について述べてもいる。 与えられる情報をただ鵜呑みにしている限り、いとも容易く宣伝者の意図のままになってしまう。何も判断材料の無い状況では、巧みな宣伝の前には人々は苦も無く屈服させられ、その思想の賛同者へと知らず知らずのうちに作り変えられてしまうのだ。 これを歴史上の一コマ、過ぎ去った過去の遺物に過ぎないと考える事は、それ自体がすでに危険である。 現代、思想統制は行われていない。けれども、「華氏451」の国家が行ったような愚民化は、政府も誰も行っていないにも関わらず、すでに相当のレベルまで進行してしまっていると見てもいいだろう。 現代の人々はテレビから与えられる滑らかで口当たりの良い情報に触れることにばかり慣れきって、自ら考えるという事を厭うようになってはいないか? メディアが発する情報は無条件で正しいと信じているのではないか? 何も、「メディアの情報を全て疑え」と言うのではない。自らの頭で判断しない事が問題なのである。 では、与えられる情報を盲目的に信奉せずにまずは疑いの目を向けるには何が必要なのか? 「知識」である。 「知識」を得るには何をすれば良いのか? 「読書」である。 それでは「読書」に必要な物とは? 言うまでも無い、「書物」である。 書物を読んで自発的に考えることをしない限り、日々垂れ流される情報を鵜呑みにし続ける生活は、つまり、自ら奴隷としての鎖をかけられに喜んで歩いて行くような愚かな振る舞いと言わざるを得ない。 書物とは、知識の蓄積である。過去数千年に渡って脈々と流れ、築かれてきた人類の歴史と英知の結晶である。それを読まない、読もうともしないという愚劣な選択は、自ら未だ知らぬ書物の山脈に火炎をを放って跡形も無く焼き滅ぼしているに等しい。 「華氏451度――本のページに火がつき、燃えあがる温度……。」 (序文より) 本書のタイトルたる「華氏451度」とは、すなわち、本を読む権利を自ら放棄した人々の行為それ自体を象徴しているのではないだろうか。 彼らの選択こそが「本のページに火をつ」け始めているのだとも言える。 自らの頭で判断しない事。 与えられる情報を鵜呑みにする事。 実に愚かである。 今こうしてネットから種々の情報を手に入れている時でさえ、その中にどれだけの信憑性があるものか。「マスゴミ」と批判する前に、まずはネットの情報を一から十まで信じるべきでもあってはならない。 本を、読もう。 幸いにして、我々は自由に本を読み、考え、語らう権利を有する。 情報を吟味し、信じ、疑い、批判し、提言する権利を有する その権利を放棄するなど余りにもったいないではないか。 だから、それらの権利をよく理解して最大限行使するために。 ――――本を、読もう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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