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カテゴリ:日常の出来事
気が付いたら今日で開設1400日目ですよこのブログ。
2009年でまさかの4年目突入です。 いつまで続くんだろうねw 高校卒業後に就職した昔のとある知り合いが、仕事を辞めて引き篭もっているという話を聞いた。伝聞の伝聞の伝聞という、アトランティス大陸というか都市伝説みたいな形で伝播した情報なので、真偽のほどは定かではない。 定かではないのだが、やはり顔も知っているし頻繁に会話もしていた人間が、今やそんな状況に陥っている(かもしれない)という話にはそれなりに大きな衝撃を受けざるを得ない。少し前に「殺人現場を歩く」という本の感想で、「非日常」性と「日常」性に明確な境界は存在せず、「日常」という薄皮一枚を剥ぎ取った裏側には常に「非日常」が存在しているということを書いた。昔は引き篭もりという生活形態など、どこか遠い国というか、全く別の世界の出来事であると漠然と認識をしていた。というよりも、俺は幸福にも自身がそうであった訳ではないし、なおまた、知っている人間が引き篭もってしまった訳でもないから、アホ面さげて呑気にマスをかいていられたという事である。 つまりそれは、俺という人間は世の中を「知って」はいたが「知悉して」いたのではないということを何よりも証する、愚昧も甚だしい、イカ臭い青春の一ページだ。 どこかに存在しているであろう「非日常」を、他人事という残酷にして至高のエンターテインメントという形での「日常」のレベルにまで落とし込む。世の中というのは、不思議なことにこの恐るべき強靭な機能をあらかじめ備えている。というよりも、そうしなければ俺たちが住むこの世界は容易く崩壊してしまいかねないのだ。 だからどんな形でも「非日常」は「忘れなければ」ならないし、いつまでも「他人事」であらねばならない。 しかしこの度、思いもかけない形でその片鱗を見せた「非日常」が、堕落した我が日曜日の片隅にこびり付いてしまったものだ。もっとも、それですらいつなりと忘れ去られてしまうのかもしれない。 そして自分自身、誰かの片隅にこびり付く事で「日常」に落し込まれる「非日常」として記憶されていくのかもしれない。 怪物と相対した時は自身も怪物とならぬように心せよ。 汝が深淵に見入る時、深淵もまた汝に見入っているのである……。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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