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カテゴリ:日常の出来事
493 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/12(金) 09:33:31.34 ID:O8J5ABx/0
朝起きたらとなりでルイズが寝ていた。 俺は死ぬほど嬉しかった。何せ夢にまで見たルイズだ。 童貞の俺にもついに彼女が出来て幸せに暮らしていける。 そしてマイホームを買って子供をつくって毎日幸せな生活をする。 そんなことを一瞬にして考えた。 でも、ルイズは「サイトはどこ?サイトどこにいるの?」 って言うんだよ。俺のことは見向きもせずに。 そのとき分かったんだ。ルイズはサイトと幸せになるべきだって。 だから俺は一緒にサイトを探してあげた。 やっぱりルイズの笑顔は俺に向ける笑顔よりサイトに向ける笑顔のほうが可愛い。 俺は二人が幸せになってほしいと願いながら立ち去った。 そんな夢を見た。 起きてとなりをみた。 ルイズの抱き枕があった。 目から涙がこぼれた ある作品のキャラクターをキャラクターたらしめているのは、その物語に属する人物であるという点ではないだろうか。つまり、一度、物語に所属した人物は、もう二度とその物語からの乖離を許されないのだ。彼あるいは彼女が完結するためには、あらかじめ定められた世界で定められた人と結ばれるしか道がない。 そこに現実の住人である我々が入り込むことなど根本的には不可能だ。 夢想の中に遊ぶこと自体は決して否定できることではないけれど、そのキャラクターは別のキャラクターと関連するが故に真に個性を発揮する。完全な形で同じ世界に入り込んだ所で、そのキャラクターが自分を好意的に評価するのか、どうか。それを可能にする手段は、自分自身の無個性化だ。だが、自分という存在の全てを埋没させた仮初めの姿が憧憬の対象たるキャラクターと結ばれた所で、何が得られるというのか。 ああ、彼が恋していたのが、何の物語にも属さない絵画や彫像であれば良かったのに。自分自身で造り出した理想像と、自分自身が作り出した無何有の物語の中で遊ぶことができたら良かったのに。 たとえ神様がピグマリオンの願いを叶えてはくれなかったとしても、それならば他者的で猥雑な物語性に拘束されることなどなかったというのに。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.06.15 22:43:42
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