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tartaros  ―タルタロス―

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こうず2608

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2009.07.12
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カテゴリ:小説紛い
 お話の大事なところは、君がそれを語りながら、それを夢見ているというところだ。他人も自分と同じように夢を見てほしいと望みながら、そういう風に記憶と想像力と言語とが結びついて、頭の中に霊のようなものを作り出すのだ。

ティム・オブライエン「死者の生命」(The Lives of the Dead) 村上春樹・訳







「故郷に帰りたいと思う時が、師匠にもあるのでしょうか」
 鈴仙・優曇華院・イナバがその疑問を口にしたのは、ふと、師の内実というものに触れてみたい――そんな漠然とした感情を抱いたからだった。
「……どうして?」
 暗がりの中で、鈴仙が師たる八意永琳は、弟子の顔を振り返ることもなく、背を向けながら質問に質問を返した。その背中を見て、鈴仙は少しばかり言葉を継ぐことに躊躇さえ感じて、手のひらで口を覆うて黙りこんでしまった。
 この師弟が居るのは、ある「最奥」とでも呼ぶべき所である。
 一度迷い込んだが最後、何らかの導きが無い限り滅多なことでは出られぬ「迷いの竹林」を抜けた、そのさらに奥。暗中に強い光が生ずるが如く、世人はそれを見た途端に動揺を禁じ得ないであろう。人の気配のまるで無い場所に建てられた一軒の豪壮な屋敷。どのくらい昔に造られたものか、雨風を浴びながらも朽ちる気配を感じさせない門の内側に住んでいるのは、地上の民が思いはせることなど考えられもしない、月の世界の住人なのだ。
 不老不死の姫君・蓬莱山輝夜。
 輝夜の教育係にして腹心・八意永琳。
 そして、輝夜のペットであり永琳の弟子でもある鈴仙・優曇華院・イナバ。
 加うるに、数え切れないほど多数の地上の兎たちである。
 彼女らがこの「永遠亭」にて人目を避けるようにして暮らしているのは、ひとえに元々の住み家である月世界に帰れぬ事情があるからだ。いや――“帰れぬ”というより“帰らぬ”とした方がより正確だ。三者三様に思惑はあれど利害の一致を見た以上、強力な結界によって外界より隔絶されているという忘却の楽園「幻想郷」は、三人とってこの上も無いほどに安心できる隠れ家なのである。爾来、人の世から隠れ忍ぶ者が住まうのは粗末な庵と相場が決まっているが、元々が人の目に触れにくい土地であるために無理に隠れることを意識する必要もあまり無い。だから平気の平左で大きな屋敷をこしらえることすらも可能なのだ。
 敷地の大部分を占めているのは居住空間である屋敷の本体部分とも言える箇所だが、そこから少し外れた一角には漆喰で塗り固められた真っ白な外観の蔵がある。鈴仙と永琳が居たのは、その中だった。溜まりに溜まった資料や物品の整理、および数年ぶりの掃除。師が弟子に提案したその行動が、二人をして年を経て何層にも分厚く積み重なった埃の大海原へと漕ぎ出させたのである。
 息を吐いて吸う度に、採光のための子窓より覗く日光に照らされて、空気を支配する小さな粒子がその身を煌めかす。
 何も事情を知らなければ純粋に優美さを感じられであろう汚れた空間の中、師より向けられた疑問の真意を図りかね、鈴仙が黙り込むこと数十秒。その間、永琳はずっと弟子に背を向けたまま自分の作業に没頭しているのみである。奥まった場所にある箱の中から、何か鈴仙には見たこともないような奇怪な形状の標本を取り出しつつ、「劣化が酷い」「保存の方法を誤った」などと呟きながら、うんうんと永琳は唸っていた。
「そういえば」
「何です、師匠」
「さっき何か言ってなかった、優曇華?」
 がくっと、鈴仙は足の力が急速に抜けるように感じられた。
 この人はいつもこうだ、と、彼女は思う。主の蓬莱山輝夜にせよ、師匠の八意永琳にせよ、月人の精神構造は少しばかり図り難い点がある。話を聞いているかと思えばまるで聞いていなかったり、その逆で、特に意味も無いこちらの独り言をちゃんと耳にしていてその意味を問いただしてきたり。普通では考え付かないような思いつきを嬉々として語ることもあれば、一般的な常識を持ち合わせている者ならば絶対に実行しないであろうことを平気でやらかしたりもする。地上の言葉で「不思議」「変人」と言ってしまえばそれまでだが、何かそれでは不適切な気さえ鈴仙にはしてならなかった。それとも優れた頭脳を持つ天才や生まれながらの貴人というのは、もともとこういうものなのであろうか。
 今までの人生を一兵士、後には脱走兵として過ごしてきた一般人ならぬ一般兎。浅学非才にして凡人という自覚は溢れ出るほどしている。そんな鈴仙・優曇華院・イナバにとって、眼前の師は果てしのない憧れであると同時に、人の形をしながらもその精神に宿った本質を絶対に明かすことのない奇妙なモニュメントであるかのようにも思われるのだった。
「あの……私の話を聞いてました?」
「もちろん。だからこうして確認してるんじゃない」
 それを世間では聞いてないという言うんですよ――と言いかけて、鈴仙は口をつぐんだ。この人に世間並の常識が通じてたまるものか……。
 失礼とは思いながらも小さく溜息を吐きつつ、鈴仙は言葉を継ぐ。幸い、溜息の真意について永琳は追及するつもりが無いらしい。彼女は指先で眉の上まで垂れた銀色の前髪を弄びつつ、弟子の言葉を黙って受けた。その顔は何の悪意も感じられない優しげな笑みである。とても数千の齢を経ているとは思えない、子どもっぽい無邪気さがあった。永琳は笑みを崩さぬまま、細めた両目からの視線を弟子から外さぬようにしつつ、作業を一時中断した。床に置いた何かの標本が鈍い音を立て、床に積もった埃を僅かに舞い上がらせる。
「師匠にも、望郷の念……故郷に帰りたいと思う時はありますか」
「その疑問に答えることにやぶさかではないけれど……」
 わざとらしく「ふむ」なとど呟きつつ、永琳は返答を始める。鈴仙が発したその疑問はさすがの永琳でも予想外だったらしく、少々の驚きが目元に走った。それを鈴仙の紅い瞳は見逃さない。どうやら、この質問は己の師にとっても興味ある話題かもしれないと、期待が胸の内に出現し始める。
「優曇華。あなた、私と姫が地上にやって来た理由を知っているかしら」
「ええ、まあ大体は。確か、かつて姫様が――」
 と、途中まで言葉を発してから、少しだけ躊躇しつつ鈴仙は続けた。
「――姫様がある大罪を犯したために流刑囚として地上に送られたのだと、私は記憶しています。師匠はその後、姫様に仕えるために仲間を裏切って自分も地上に住まうようになったとか……」
 鈴仙が言う“姫様”なる人物とは、今ここに居る彼女ら二人が仕えている蓬莱山輝夜のことである。かつて月世界の姫だった彼女は、諸般の事情あって幻想郷の一角を成す住人となっていたのだ。鈴仙は、輝代が何の罪を犯して地上へと送られたのか。永琳がなぜ輝夜の家臣として共に地上で暮らすことを決めたのか。――その辺りの事情は漠然としか把握していない。永遠亭で共同生活を送る上で特に必要な情報とも思えなかったし、あまり詮索し過ぎるのもどうかと思ったからだ。本人たちも積極的に教えたがるようなことはなかった。ただ、千年近く地上暮らしをしてきた輝夜と永琳の二人は、傍から見ただけでは到底理解できないような感情を互いに抱いている……そんな気がするのだった。
そして、その二人の家臣たる鈴仙と永琳の問答はなおも続く。
「七割くらいはそれで正解ね」
「七割、ですか?」
 残りの三割とは何なのだろう。 
 鈴仙は頭頂部にある兎の耳を探るように動かしつつ、永琳の次の言葉を待つ。だが、一向に返答は帰ってこなかった。何か別の話題を提示して話を逸らそうとする様子も無い。ただ単純に、引き結ばれて真一文字になった形の良い唇が震えもする気配すら見せず、永琳は笑んで細くなった目をいっそう細めつつ、鈴仙を見つめ続けた。もうほとんど師の眼球は目蓋の中に埋没しかかっており、一抹のわざとらしさが漂う笑顔が鈴仙の精神を捉え続けていた。
 またこの顔だ、と、鈴仙は思う。
 八意永琳は、何か自分の口からは言いたくないことや言葉を用いずとも察して欲しいことがあった場合には、いつもこんな笑みを浮かべてくる。無責任にヘラヘラと笑うだけであれば反論する気も起きようが、ただひたすらに子供っぽい無邪気な師の笑顔を見ると、どうしても反抗や反駁の意思を削がれてしまうのだ。実際は、それが極まりのないわざとらしさに満ちていたとしても。
「――――うん。いつか気が向いたら、あなたにも話してあげる」
 言うと、またくるりと後ろを向き、何ごとも無かったかのように整理作業に舞い戻る永琳。“いつか”の時が一体“いつ”訪れるのか、これほど不確かで未確定であやふやなことも珍しかろう。まして永琳の“いつか”とは“いつ”なのだ。十年後か、百年後か、千年後か。人の身でありながら人であることを捨てた不滅の存在である蓬莱人が、自己の錬成した観念や思想や記憶を他人に全て伝えることなど不可能に近い。もしかしたら、鈴仙が死んでもこの話題には口をつぐんだままなのかもしれない。
 ひょっとしたらとんでもないことを聞いたのだろうか、と、鈴仙は首を捻るばかりだった。
 もしかしたら、自分は永琳の持つ知識や技術だけでなく――その思想までも吸収しようとして何ら果たせぬのではないか。そんな思いを抱きながら。
「あ! そういえば師匠、私の疑問には答えてくれないんですか!?」
 慌てて永琳へと言う……が、既に彼女の意識は弟子の言葉を完全にシャットアウトしているらしく、次の作業へと移っていた。鈴仙の発した声は拾ってくれる者も無いままにふらふらと漂い、そしていつしか消え去ったのである。






誰からも求められども、自己満足こそが眼目なので続く。





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Last updated  2009.07.12 23:29:19
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