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tartaros  ―タルタロス―

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2009.07.14
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カテゴリ:小説紛い
 月から地上に送られた流刑囚が誰だったかなど、鈴仙はいつしかそんな噂話を忘れようとしていた。けれども、少しでも目を離せば人の世の地平から肉も魂も旅立って別のどこかへと移り住んでしまいそうな――そんな様子を輝夜と永琳から見出す度ごとに、忘れそうになるということ自体を忘れてしまう。つまり、いつまでもあの奇妙な話は彼女の記憶に残留し続けていた。
 だが、あえてそれについて調べようとは、やはり今でも思わない。
 あの“二人”とずっと過ごしてきたおかげで大体の察しはついていたのである。
 幻想郷の定義に当て嵌めると、鈴仙・優曇華院・イナバは「妖怪」にカテゴライズされることになる。一口に妖怪といっても、国ひとつの行く末を左右するほどに強大な者から家屋の屋根裏で騒いで家人を苛立たせるちっぽけな者まで、この言葉で括られる生き物はピンからキリまでという言葉がよく似合うほどたくさん存在している。そして、妖怪とは概して長命を保つものである。長く生きること、この世に留まり続けることで妖怪にクラスアップする生物や物も居るくらいであるから、長命というのはまさに妖怪の基本条件としてしまっても差支えは無いだろう。だが、いくら長命とは言っても死なない訳ではない。信仰を失って「祀り棄てられた」神がいずれ誰の記憶にも残らなくなるように、妖怪にも死ぬ時は訪れるのだ。肉体や魂の損傷はもちろんのこと、人間たちから恐れられなくなった時、完全に忘れ去られてしまった時。それこそが妖怪にとっての紛れも無い死期であると言われる。
 鈴仙自身は地上にやって来てからの数百年間、大きな怪我や病気をしたことは無かったし、忘れられてしまうということも無かった。よって今日まで生き延びて来られたのだ。けれども、いくら長命とはいっても自分が少しずつ歳を重ねているというのは解っていた。成長しているというのでも、老いているというのでもないが、生きるということは歳を重ね続けるということだ。いずれ、彼女もまた年老いて死ぬ時が来るのだろう。
 だが、同居人の蓬莱山輝夜と八意永琳は「月人」とはいえ人間だったはずだ。それなのに老いることが無い。肉も魂も若々しさを保ち続けているように鈴仙には見えるのである。月人というのは地上人よりも遥かに長命だそうだが、さすがに数百年間、何も変わらぬというのは異常だった。
 それはつまり、そういうことなのかもしれなかった。
 蓬莱の禁薬を服用して流罪を課された罪人が蓬莱山輝夜であり、彼女に心酔して仲間を裏切ったのが八意永琳。
 ならば何故。師は、永琳は輝夜と共に生きることを選んだのか。仲間を裏切ってまで、故郷を捨ててまで、生の牢獄に自らを繋ぎ止めたのか。
「やっぱり解らないな……あの人たちは」
 主君と師と相対する度、鈴仙・優曇華院・イナバは心を曇らすのだった。

――――

 永遠亭の一角に八意永琳と鈴仙・優曇華院・イナバは立っていた。土地の中でも端に位置しているそこは、居住スペースを除けば最も豊富な日当たりを確保できる場所であった。それというのも永琳の個人的なスペースとして所有されているそこは、種々の薬草や薬用植物が栽培されている畑となっている。生い茂る植物の群れによって地面の茶色が埋め尽くされ、一見、緑色の嵐が吹き荒れる無秩序な世界であるが、所有者の永琳に言わせれば明確な意味と意義を持った完全な配置であるらしい。本来、実験用の植物を薬草などを栽培しているこの畑に自分以外の者を立ち入らせることは永琳には有り得ない。それはむろん忠誠を誓う輝夜でも同様であった。しかしここ最近、永琳は不思議と態度を軟化させていた。弟子である鈴仙にこの畑の世話をする許可を与えたのである。
「いつか訊いたわね、優曇華。望郷の念があるのかって」
 肥料の詰まった重い袋を両手で懸命に抱える弟子へと、籠の中に薬草を収穫していた師は問うた。鈴仙はいったん袋を地面に下ろし、手の甲で額の汗を拭う。日の光を受けた肌が汗によるが僅かな光の反射を行い、彼女の疲労を物語っていた。
「え、ええ。まあ。そんなこともありました…………っけ?」
 すっかり忘れていた。鈴仙は、自身が師に対して投げかけた質問でありながら、いつか発した自分の言葉をすっかり忘れていたのであった。何とか記憶の蓋を開き、その奥底にしまわれていた色褪せたものを取り出して見る――そうだ。確かにあった。もっと永琳という人物を知りたいという、その一心から出た言葉であった。
「気が向いたからね、教えてあげてもいいわ」
「ほ、本当に良いんですか……?」
「どうして? 知りたがっていたじゃない」
「それはそうですけど。でも、やっぱり……」
 あまり個人的なことを訊くのは良くないのではないか。
 輝夜や永琳の素性に対して、当初の彼女は冷淡とも言えるほどに興味が無かった。一緒に住んでいるのは単に利害が一致したためであり、そこに秘密やプライバシーにも近い情報を共有する程に強い絆は存在しないのだと。
 だが、現在の鈴仙がそのような態度を改めて貫き通すには、数百年という時間はあまりに長過ぎた。情が移ってしまった、とでも言えば良いのだろうか。長く共に過ごせば過ごすほど、二人のことが知りたくなる。もっとその心に近づきたくなってしまうのだ。それは、かつての鈴仙・優曇華院・イナバからすれば劇的とも言える変化であることに違いない。利己的で、死の影に怯え、仲間も故郷も捨ててしまった脱走兵。卑劣。その二文字が、いつの間にか彼女の心からは遠ざかってしまったようだった。
 けれど――と、再び彼女は考える。あまりに近すぎるというのもそれはそれで苦痛なものだ。輝夜や永琳をいくら敬愛していたとしても、彼女らの秘密を根掘り葉掘り訊くのは、やはり躊躇われる。その気遣いこそ、もしかしたら鈴仙がただの同居人以上の感情を二人に抱いているが故のことかもしれなかったが……彼女自身は、決してそれに気がついてはいなかったのだ。だから、永琳がかつての質問に答えてもいいと言っても、いざその僥倖を目前したがための不安が先行してしまう。
「大丈夫よ。あなたは私の弟子だもの。師匠が隠しごとをして、弟子に嫌われたら悲しいじゃない」
 それは、あるいは打算を感じさせる言葉の選び方であった。
 けれども鈴仙の耳と目には、そんな野暮な勘繰りをさえ吹き飛ばしてしまう程の微笑みが感じられた。
「じゃあ……お願いします。師匠」
 弟子の言葉をゆっくりと吸い込むように、息を大きく一つして、師は語り始めた。薬草を採集するために屈んだまま。古伝を若者に伝える語り部の如く、古い出来事を紡ぐ古老の如く。
「結論から言ってしまえばね、私は……いいえ、私も姫様も故郷に、月に帰りたいと思ったことは一度も無いわ。もしかしたら思っても覚えていないだけかもしれないけれど。でも、とにかく今日に至るまで望郷の思いが募っている訳じゃないから、きっとこのままで良いと思ってるのね」
 言うと、永琳は一息ついてからまた話を再開した。
「ねえ、優曇華。姫様は――今から言うことは私たち二人だけの秘密にして欲しいのだけれど――はっきり言うと“普通じゃない”わ。“狂っている”と断じるには早計かもしれない、けれどマトモかどうかと尋ねられたら私でも結論は簡単に出せないでしょう」
「そう、ですか。師匠にも、解らないことがあるんですか」
 かつては月の頭脳とまで称された知性の権化のような天才にも、解し難い事柄というものが存在している。彼女とて全能の神ではないのだからひとつやふたつの出来ないことがあっても決しておかしくはないはずなのだが、それまでの生活の中で傷一つない玉璧の如き印象を永琳に対して抱いていた鈴仙にとっては、師の言葉はまさしく青天の霹靂である。永琳はなおも語る。
「私は常々、思うのだけれど、ある種の英雄っていうのはどこかに一抹の狂気を孕んでいるものだわ。常人とは遥かに懸け離れた天賦の才は、人間の魂が支えるには重すぎるし刃として用いるにはあまりに鋭すぎる。ヒトの存在の中に、まるで水と油のように絶対に混ざらないもの……歪みと軋みが、その中に生じる。けれどね、世界はその歪みが無制限に暴走して全てを壊してしまわないように、凡人にも英雄にも等しく“死”をお与えになった。狂った力が世界を傷つけ過ぎないように、また人々がその圧倒的な力に過度の脅えを抱かずに済むようにね」
「あの……申し訳ありません。師匠。一向に話が見えて来ないんですが…………」
 望郷の念の有無についての話が、なぜ英雄がどうのといった内容へと突っ走るのか、鈴仙は耳を働かしつつ同時に師の話す内容を聞き逃さない程度に頭も回してはみたが、やっぱり理解ができなかった。
「そう? ごめんなさい。でもこれから繋がるわ――じゃあ続き。八意永琳という月人は、蓬莱山輝夜に複雑な感情を抱いている。今の優曇華がそうであるように、彼女は私にとっての教え子である故の師弟愛。姫様は、頭は決して悪くはなかったけれど勉強それ自体はあまり好きではなかったみたい。加えてあの美貌」
 と言って、永琳は表情を変えてしまった。
 それは、完全な憎悪の具象であった。鈴仙は恐怖する。顔が青ざめてすらいたかも知れぬ。それほどまでに、主君に対しての敬愛とは正反対の顔をする永琳が恐ろしかった。だがもっと恐ろしかったのは、暗い双眸の奥に憎悪とは別種の思いが――――掌中のものを握り潰そうか否かというギリギリの所で暗く輝く愛情をすら見出すことが可能であったからなのだ。
「美しさは時として、醜さと同様に“異形”でしかない。その程度が強ければ強いほどにね。姫様の美貌は月人においても群を抜いていた。全ての男は彼女に目を惹かれたし、同様に女は嫉妬したものだわ。だからね……彼女は、姫様は月に“居てはならなかった”のよ。私は姫様を愛している。その美貌を含めて愛している。でも同時に憎んでもいた。彼女は全てに愛されながら、自身を愛する全てに敵対していた。それがために周囲を狂わすのだわ。でも殺すだなんてとんでもない。だったら、追放するしかないでしょう?」
「まさか、師匠は――」
 そのために、薬を。
 鈴仙の疑惑が確信へと変ずるには、ほんの数秒も必要はなかった。目の前に居るのは全ての首謀者であり、そして恐るべき告白者。拍動が彼女の胸をしきりに叩き付けた。心臓が別の生き物の如くに大暴れしていた。できることなら、このまま逃げ出してしまいたかった。こんな話など聞きたくはなかった、と、鈴仙は思った。これでは、あまりにグロテスク過ぎる。
「やはり気づいていたのね。蓬莱の薬を造ったのは私。姫様に服用を勧めたのも私。彼女が醜く老いさらばえる姿など決して見たくはなかったし、死神に連れ去られるところなど絶対に有り得ないと思いたかった。だから私は――彼女を永久に私だけの“異形”にするために、二人で蓬莱人としての終わりなき生を歩くことにした」
 両脚が、まるで鋼鉄で出来た杭のように、大地に突き刺さっている。鈴仙の紅い両眼はさらに紅くなっているようであった。まるで、眼前の狂気を次々に飲み込んでいるのだ。
「英雄が完全無欠の存在として語られるためには、その業績が輝かしさを失わないうちに死ぬほかはない。若年の功績を老醜で汚した英傑は古今、数知れないわ。けれど、英雄であるうちに死んだ者は違う。死が彼の狂気をすら美徳に変化させてしまうのね。でも死ななくなった姫様はね、英雄の定義からは外れる。ただの生き物の定義からも外れるわ。死によって生を救済するシステムを拒絶した者は、もはや人間ではない。ただ朽ちないだけの、人形と同じよ」
「――師匠は、そんな人形と一緒に居て、自分も同じような人形になって、良かったと思うのですか…………?」
「もちろん。自分で決断した道だもの。そういえば、あなたの問いに対する補足が必要かもしれない。私はね、姫様と一緒に居られるならばどこだって構わない。月であれ地上であれ、もはや赴くことの叶わない地獄であれ……蓬莱山輝夜が八意永琳という籠の中に居る限り、そこが私の居場所なのよ」



続きます。





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Last updated  2009.07.14 23:25:13
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