|
カテゴリ:小説紛い
まるで自身、一条の弾丸と化したかの如き速さで、魂魄妖夢は蓬莱山輝夜に接近した。疾風迅雷という言葉がそのまま人の形をとったとも思えるその動きは、なおも燃え盛る炎の明るみと相まって巨大な火炎の珠が殺意を込めて地面を蹴り付けているようにも見えたことだろう。だが、その顔はあくまで怒りにも歓喜にも染むことなく、ただひたすら目前に聳え立つ巨塊を目指さんとする凄愴さに満ちていた。
両手に握られた二振りの刀が炎を受けて紅く煌めく様は、これから起こるべく妖夢に期待された血の滴りをあらかじめ予告するかのように蠢いている。もう切っ先どころか刀身までも、完全に敵の頭部に打ち込めるという所まで一息に近づくと、妖夢は右手を振りかぶった。その動作たるや、なんの躊躇も障害もない。瞬きしてさえいれば、文字通り瞬く間の出来事でしかない彼女の挙動は絶対に見逃されていたはずであろう。「勝てる」。その思いが彼女の心中に去来する。勝利の二文字が意識下に閃いたとき、しかし、目前に迫った戦功に目がくらんだか、振り下ろされた刀の先が僅かに揺れた。けれどもやはり神速でもって打ち込まれた魂魄妖夢の斬撃は、確かに蓬莱山輝夜の頭部を真正面から喰い破ったはずであった。否、そうならなければならぬはずであった。 妖夢は一瞬、我が目を疑った。 確かに輝夜の頭部目がけて振り下ろされたはずの刀は、果たしてどんな奇怪事に阻まれたか、空中でその挙動を全く静止していたのである。 「馬鹿な……」 半人半霊の少女がうめく。心中に功を焦ったことによる“ぶれ”が生じていたことは事実だが、何もそれは長く続いたものではない。妖夢本人にすら自覚できないほど、微弱な変化に過ぎない。斬撃の威力自体には何らの影響を及ぼすものではないし、ましてや狙いすまして一挙に攻め込んだ輝夜の頭部から万が一外れていたなどという事態ももちろん有り得ない。だというのに何が起こったか。 妖夢が驚愕から少しだけ醒め、目の前で起こった不可思議な現象を垣間見たが――。 「これが白玉楼の庭師の実力? “半人半霊”じゃなくて“半死人”とでも呼んだ方が良いんじゃないかしら」 嗤っていた。蓬莱山輝夜は嗤っていた。その桜のような唇を三日月に捻じ曲げて、ほとばしらんばかりの侮辱を両眼に湛えながら。だが敵を嘲弄するその口振りにすら優美さが宿る様は、さながら捕らえた小動物をいたぶる幼い少女のようにか弱げである。妖夢は、自身に向けられた侮辱にこれ以上ないというほど心を乱される思いであった。許し難い。まこと、許し難い。元より絶対の自信を持って打ち込んだ一閃、防がれるはずなど絶対に有り得ないという確信があったればこその突撃であったのに、容易く防御されたばかりか、あまつさえ手酷い侮辱さえ投げ掛けられたとあっては、魂魄妖夢の誇りは泥を塗り付けられたも同然なのだ。 「ならば――これならどうだ!」 空中で静止させられた右手を輝夜の頭上から離し、続いて左手に握られたもう一方の刀の柄に力を込める。右の刀と同じく頭上から斬り込むべきや否や? それは断じて違う。上からが無効ならば次は横からとばかり、左手の刀は暗夜を切り裂く勢いで横薙ぎに払われた。その速さは、刀が空気を裂く音が鳴り響くよりも速く突き進む。狙うは輝夜、その胴である。だがあと少しで目標に達すると見えたその瞬間――やはり、妖夢の斬撃は空中で静止してしまった! 「おのれ……面妖なッ」 再びうめくと、妖夢は輝夜の頭部をまたも視界に入れる。 その顔は、遊びに飽きてしまったとでも言いたげに、退屈そうに両目が細められているではないか。それもまた妖夢の誇りをさらに傷つける。二度の斬撃、そのいずれもが奇妙なことに、空中で防がれてしまった。いったい何がどうなっているのか。現状、持ち得る手札を全て出し尽してしまった妖夢の顔は、もはや焦りに満ちていた。再び斬撃を加えるか。いや、また防がれるかも知れぬ。それならどうすれば。 「魂魄妖夢。あなたって思ったより期待外れだったわ。私の“難題”には到底、答えられそうにないんだもの」 あくびの様に間延びした言葉。それは、玩具に飽いた子供のようでもある。実に退屈そうに見える彼女の周りは、まるで強固な楯に守られている情景を容易に想起させた。 <神宝 ブディストダイアモンド>。それこそ、輝夜が妖夢の二度に渡る攻撃を完璧に防ぎ得た理由であった。彼女が有するスペルカードの一つであるこの技は、しかし、スペルカードそのものを使用せずとも輝夜の意思に応じて自在に使用することが可能である。膨大なエネルギーの塊として召喚される仏の御石の鉢(ブディストダイアモンド)は攻めに際しては弾幕を、守りに際しては不可視の壁を築きあげ、術者に対して絶対的な優位性をもたらすのである。 が、妖夢がその事実を知るはずもない。眼前から放たれた言葉にハッとした妖夢の認識には、輝夜が、何かただならぬ目論見を蔵しているのがよく解った。理屈ではない、あるいは闘いに身を置く剣士としての直感だったのかもしれなかった。だからこそ、焦慮とも言えない瞬間的な焦慮だけが彼女の思考を焼き焦がす。「何か」が来る。それに気が付いた時――ゆっくり、高々と、空中に輝夜の片手が差し伸べられた。その手には在る。そして妖夢にはよく見えた。木の枝の先端に、色とりどりの玉(ぎょく)を木の実よろしく鈴なりにつけたものが。そして炎に照らされた赤みの中、次第にそれぞれが本来持ち得る色を発揮すべく光を発し始めているのを。 「せめて、華々しく散りなさい」 二か月ほど前に書いたものの断片が……。 全くヘタクソな文章ではないという自身は少なくともあるけれども、上手いかどうかと言われるとよく解らない。何というか、改めて読み返すと華美に過ぎて自己陶酔の度合いが強すぎるんじゃないかと。邪気眼っぽいとは言わないまでも、これはかなり中二病的色彩の強い文体であることは確かだと考えられる。 で、三日くらい前の深夜にこの部分を読み返してみたら「俺ってこんなに文章が上手かったっけ」と少し自画自賛する気持ちになってしまったのだが、それは単に深夜特有の無駄にテンションの上がる脳内現象のなせる技だったのだろう、今にして思えば。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[小説紛い] カテゴリの最新記事
|