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tartaros  ―タルタロス―

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こうず2608

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2009.08.04
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カテゴリ:小説紛い


「覚」2





 涼やかな、それでいて若いのか年老いているのか判別の難しい声音である。ただ、その響きにはどこかしら女性的なものがある。おそらく女なのであろう。
 それにしても覚とは、何なのであろうか。彼女は「或る人」に問うた。問わずにはおれなかった。自分を定義づける何ものかがあるかもしれぬと思ったのだから。もし他の者が彼女と同じ境遇だったとしたら、きっと誰でもそうするだろう。定義づけられていない曖昧な存在は、今しも消えそうなほどに脆いものだ。
「握り締めようとした砂が、掌から成す術も無しに零れ落ちるみたいだわ」
 と、彼女は自身を評して言ったものだった。
「覚というのは」
 と、「或る人」は言葉を継ぐ。
「妖怪の一種よ。彼らは他者の心の在り様を手に取るように読み取り、見透かすことができる。ただ……無意識のうちに発した現象までは感知しきれないみたいだけど」
 そう言うと、「或る人」は顔の上半分を覆うていた洋傘をひらりと翻し、その顔を見せた。
 黄金を糸にして張り付けた様な金色の髪が見え、彼女は相手に対して、まるでそれが作り物であるかのような印象を受けた。髪の毛だけではない。その全てにあたかも人工の妙手が加わったかのような感じで――言うなれば性別や年齢といった、相手のおおよそを同定するのに使えそうな諸々の要素が初めから欠落しているのである。女の優美さと男の逞しさ、子供の瑞々しさと老人の萎縮、賢者の狡知と愚者の軽挙。それらの相反することごとくが眼前の一人物に結実している。無理矢理ひと言に縮めてしまえば、どこともなしに“わざとらしい”“うさんくさい”女とでもなろうか。そんな人物が、彼女に接触を試みている。
「――あなた、覚であるのならば私の心も読んでいるのではなくて? それなら私が口頭で会話を試みる必要性は大きく減少しますわ」
「…………そうね。でも、あなたが声を発するのを遮る理由は特に無いわ。喋りたければ喋ればいい」
「ずいぶんと面白みの無い返答ねぇ。もう少しばかりユーモアとウィットに富んだ、気の利いた返事が欲しかったのに」
「ユーモア……ウ、ウィット……? その言葉の意味は知らないけれど、貴女が言うところの覚である私に、そんなものを期待するだけ無駄よ」
 吐き捨てるように行ってしまうと、彼女は「或る人」に向けていた両眼を、つまらなそうに地面に向けた。「或る人」に見えこそしなかったが、比喩を用いることが許されるのであれば、ヒトと同じ形をした眼窩にはまり込んでいるはずの彼女の二つの眼の珠は、まるで濁ったガラス玉と何ら代わることの無い、薄汚れた球体に過ぎなかった。つまるところ、それは視覚を与えるという生物としての機能を発揮する以上の役目を何らも果たすこと無く、生きながらに腐敗せるも同然なのだった。
 相手の心を“覚る”ということは、そうした能力を持った者の思考から、冗談だとかジョークだとか、およそ笑いに関する要素の一切を喪わせてしまう。ユーモアやウィットなどという横文字を知らなかったのはただ単に彼女が無知なだけだったのだが、それを差し引いたところで彼女の心に残るのは、ただ相手を知り過ぎてしまうが故の、汲めども尽きず、また埋めることのできない空虚さだけなのだ。 
 仮に覚る者が笑いの喚起を欲して何らかの行動をとったとしても、相手の心情の全てを把握してしまう。相手が面白みを感じてくれる分にはまだ良いが、「つまらない」という感情をダイレクトに受け取ってしまうのは、非常に辛いものがある。たとえ愛想笑い一つにて偽装を図っても、そうなのである。相手を笑わせようとするのは彼の反応を期待しての事ではあろうが、こちら側にとって望ましくない結果に終わってしまった場合の馬鹿馬鹿しさといったらやり切れないにも程がある。だからこそ他者の心情と常に接続されている彼女にとっては、相手との、ある意味においては腹の探りあいであるコミュニケーションという行為自体の重要性が著しく低下する。顔と心の表情が背反していながらも他者と関わることが良い事だと考える、世人のその偽善性にもまた彼女は辟易しているのだ。率直な心情の奔流が、それ以上に二つの相反するものを抱く人々がいかに厄介か。彼女が持つ能力の特異さゆえに、共感できる者は非常に稀だ。
「あら、そう。ではこちらから勝手に訊かせてもらうけど……」
 という「或る人」の言葉を受けて、彼女は、
「“何故、ずっとひとりぼっちで居るのかしら”……大きなお世話よ」
 と、遮るようにして言った。
 その口ぶりは照れやごまかしではない、真実の迷惑さが篭ったものである。
「すごい。さすがに覚は違うわね。一言一句、私が口に出そうとしていた言葉を完璧に写し取って見せた」
「褒めているの? それとも嫌味かしら。――私の眼でも本心が読み取れない気がする」
「あら、そう? では驚きと共に賛意を我が心に宿らしめましょう。これは褒めているのですわ。同じ妖怪として、そして“境界を操る”者として……心性における境界の向こう側を透過し見渡す。そんな珍しい能力があるのですもの。もっと有効に使うべきだと思うわ」
 言うと、「或る人」はにっこりと笑った。
 世の人が見れば百人に百人が何の瑕疵も認められぬと感じるであろう、大輪の笑顔だった。が、言うまでも無く、常に心を読み取る彼女の能力はその笑顔の裏側を容易く見透かしてしまうのだ。そうして彼女の意識化に捉えられ閃いた、このうさんくさい相手の心は、その実、彼女に対する恐怖と侮蔑を感じて――――は、いなかった。むしろ世に精神と称される入れ物の底からてっぺんまで、肉体にあっては髪の毛の先から足指の爪の先端までが、全体、悦びと賞賛の塊と化していたのであった。彼女は溜息さえもつきながら言った。
「あきれた。私は貴女が誰だか知らないけれど、そんなに無防備な笑みを晒していると他人(ひと)に阿呆だと思われるわよ」
 その心底に初対面の相手への憐憫(ヒトの形をした者にそんな感情を覚えるのは本当に久しぶりだった)を張り付かせ、彼女は気遣いの言葉を吐いた。
「心配はご無用。およそ発達した高等な精神を持つ生き物は、みな表と裏の顔を使い分けて生きているのよ。その事実における人間や妖怪の別は無い。でも、とりわけ群れる事でしか生きてはいけない者たちにはそれが必要ね。覚のあなた、あなたは今までたった一人で生きてきたのかしら」
「……そうね。そうなるわ。でも、私の言う“一人”と貴女のいう“一人”では、きっと意味が違うはずね。常に発動し続けるこの能力のお陰で、私は他人の声なき声に、愚弄され嘲笑され陵辱され続けてきた。だから、私の意思と世界の意思の接続が完全に切り離される時がもしもやって来るとしたら――ひょっとすると、それは私の死であるのかもしれないけれど――、その時こそ私は本当に一人になる。誰にも邪魔されない、本当の孤独が手に入るのよ」
 そう言った彼女の顔は、歪んでいた。
 その言葉は、ずっと意識の片隅で燻り続けていた理想であった。
 けれども理想であると同時に、あまりに愚かしい空想でもあった。
 だからこそわざと大真面目に考えるような事はせず、あえて思考の奥の奥、滅多な事では日の目を見ない場所に放り込んでおいたのだ。
 なぜならば、それは現実で起こり得ないと考えてしまうよりも早く、自身への軽蔑が湧き上がってくるからなのだった。心を読む事を止めるという事は、すなわち人間たちと同様の状態を目指すと言う事。本当にそうなるのかどうかはやってみないと判らないが、少なくとも相手の心が解らなくなった自分は、とりあえずは愛想笑いを浮かべながら、腹の底では他人を嘲弄する愚劣な者共と同じような存在に堕してしまうであろうと思う。彼女はそれが恐ろしかった。軽蔑していた者と並び立って生きていくのは耐え難かった。
 けれども今はどうだ。むしろ積極的に、突然目の前に現れた「或る人」に対してその考えを開陳しているのではないか。
「覚の少女。他人の心が見えてしまうが故に他人を軽蔑し続ける、哀れな少女。あなたは、“一人”になりたいの?」
 先程までの笑みが一時に消し飛び、「或る人」は悲しそうな表情になった。それが作り事でないのは彼女の能力がよく理解させてくれる。その、ひどく感傷めいた潤んだ両目を見つめると、彼女もまた饒舌にならざるを得ない。何故なのかは彼女自身も解らなかった。ただ、うさんくさいながらもこの女を相手にしているのが、それほど苦痛でないのだけは確かだった。
 彼女は、自嘲気味にふッと笑った。口の端がかすかに曲がり、まるで地の底から響くような、少女のものとも思えない声が絞り出される。
「そうかもしれないわね。もう疲れたのよ。常に意思の観察を強制され続ける状態というのが……私は、本当に、たった一人に――――」
「それは、きっと、違うわ」
 「或る人」が、今までとはまるで違う調子でハッキリと言った。ビシリと刀剣を鼻先に突き付けられるが如き驚愕を以って、彼女の両眼は開かれる。すかさず胸に鎮座する第三の眼も「或る人」の全身を視線にて舐め尽くすが、何故だか得られる情報が限りなく不鮮明だ。有り体に言えば“何を考えているのか解らない”。「或る人」が心を読まれる事を拒んでいるのか。あるいは、彼女自身の意思なのか。
「違う、って…………」
「言葉通りの意味ですわ。あなたは恐れているのよ。他人の心を読むという事実以上に、心が読めなくなる事で訪れる孤独という仮定をね」
「――ッ…………嘘よ」
「嘘ではない。あなたはその能力の故に、他者が放つ美麗な外面と汚らわしい内面との落差に傷つけられてきた。そして、その解消しようの無い苦痛は相手を軽蔑するという代償的行為によってごまかされてきたの。その軽蔑こそが、あなたをあなたとして在らしめる、ギリギリのボーダーラインだったのだと思います。けれど、もしもあなたの能力が消え去って普通の人間や妖怪と同じような存在になれたとしたら、どうなるのかしら? たとえ能力が消え去っても、“覚”はやはり“覚”の枠から抜け出る事が許されない。読めなくなった心に対し、あなたは見えるものが真実なのか欺瞞なのか、隠された心がどんな形態をとっているのか。訪れざるを得ない疑心暗鬼が怖いのです」
「嘘、だわ…………」
「だから嘘ではないと言っているでしょう。あなたの軽蔑する人間たちは、意思を持ってから死ぬまで、ずぅっとその行動を続けているの。だから、見ようによっては人々は群れ集いながらも常に内面的な孤独を抱えている。相手の心の深部が読み取れないがために、絶対に交わりきる事のできない境界というものが確実に存在する。彼らが、私たち妖怪のような、高度な自己完結性を獲得した生き物ならまだしも、常に誰かと寄り添わなければその定義を完全に喪失する恐れに見舞われるヒトという種と同じ場所に並び立とうとする事なんて――妖怪である、“覚”であるあなたには絶対に不可能だわ」
 もう、反論の言葉は浮かばなかった。
 

 続きます。





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Last updated  2009.08.04 21:48:50
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