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カテゴリ:小説紛い
輝夜と妹紅がキャッキャウフフする話し(たぶん)を書こうと思う。
それと、読みにくいかと思って行間をある程度、開けようかと。 ―――――― 不気味すぎるほどに輝いて夜天にかかる月を、蓬莱山輝夜の両の瞳が見上げている。かつて玉石にも比されて称えられた眼の珠は、暗中にあってもなお黒を超える黒の輝きを有してさえもいた。住まいであるところの永遠亭の庭先に立ちて、冷え冷えとした夜の風が大河にも似た長い髪をさらさらと流さんとする。 その日は、星ひとつも見えぬ黒々たる暗夜であった。 けれども、その中にあってもなお座する美姫が如くに、独り善がりに姿を見せる月の蒼さというものを見……すなわち彼女は、この地上において矢よりも鋭く降り注ぐ数え切れぬ光の筋が、地上の穢れを望んでその身に享けた魂魄(たましい)までも突き刺さる。そのような確信をもって、空中を見上げることしかできない。 何度となく――――輝夜は、蓬莱の禁薬を口にして不滅の存在と化すより以前の、自らの故郷でもある月を見上げて幾千年の時を過ごしてきた事であったろうか。 それは、果たして望郷の一念であったのか。 手紙を届けるというあの鳩か何ぞのように、自分には古巣を懐かしむ気持ちも、あったものではあるまいに。そう思うと、些細な事でしか――否、些細な事すらも可笑しむ気持ちを抱き続けなければ、やがては生の戦慄と千年の退屈の前に磨り潰されてしまったであろう自分の境遇をふいと思いだして、輝夜は、くッ……くッ……と、ただ嘲りの笑みを漏らすのである。それは自嘲でもあったのだし、また、ただ自分をこの世界に留め置こうとする世界の規定そのものへの嘲りでもあった。 神でさえ、死と忘却を同義として消え去る時がやってくるというのに、輝夜のような蓬莱人は、肉体も魂魄も、世界がいかに醜悪な変容を迎えようとも絶対に変わる事の無い玲瓏さを蔵している。いや、玲瓏などとはおこがましいな、と、彼女は思った。はじめから蓬莱人は『そうなってしまった』からこそ、全てに順応できるのだ。 許容などという言葉は、あるいは諦観の言い換えに過ぎぬ。 常に自らを取り囲む全ての事象に諦めの念を抱き続ければ、ただ笑い、笑い、笑い、嘲りながらでも存在し続けられる。だからこそ、 「ああ――今夜も、来たのね。妹紅」 千年来、自分に憎悪を燃やし続ける相手とも、あえて逢瀬すら重ねることもできるのだ。 「なに言ってんだ輝夜。お前が私を呼んだんじゃないか」 わざわざ“使い”まで放ってな……と、白髪の少女――藤原妹紅が、片手で頭を掻き掻き申し訳の無いと言った風に答えた。がさがさと音声(おんじょう)を上げながら垣根を破って入らんとする光景は、まるで押し込み強盗と変わらないようにも見える。 何と言っても、長きにわたって田夫野人どころか山野を飛び回る猿(ましら)も同然の生活を送ってきた女。人様の家に裏から入り込むなど、心情の上でそれほどの大事とは思っていないのかもしれなかった。 それに、蓬莱山輝夜と藤原妹紅の間に存する『関係』そのものが、家人にとって都合がよろしくないという事情もある(それを知って、輝夜第一の家臣である八意永琳が、幾夜も枕を涙で濡らしたほどであったのだ!)。正面玄関から堂々と入るのはさすがに気が引けて堪らなくもあったのであろう。 仮に、輝夜が別宅を用立てて妹紅を囲うという手段もあっただろうが、それは妹紅自身が嫌がるはずだ。黙って一つの場所に居続けるという事を、彼女は、嫌う性向の女でもあったから。 ようやく垣根を突破して庭先に進み出た妹紅を、輝夜はまじまじと、それこそ頭のてっぺんから爪先まで眺め渡した。もう何度も見慣れているにもかかわらず、夜には会うたびにそうしてしまうのが、彼女の癖みたいなものなのだ。 真白なシャツに赤いモンペをサスペンダーで釣り、頭部から輝夜に少々足らぬくらいの長髪を垂らしている姿の藤原妹紅。が、奇妙な事にはその髪が、異常なまでに『白い』のである。自然界で、何らかの偶然が作用して白い体色を持った生物や人間というものは度々見られる現象である。けれども、妹紅の白髪三千丈は、一般にアルビノなどと称されるそういった存在とは一線を画する。 彼女もまた、輝夜が如く蓬莱の禁薬を飲んだ一人であり、千年の齢を得た蓬莱人なのである。 が……元来が月人である輝夜らの体質に合わせて調合された禁薬は、地上人たる妹紅の肉体を強く苛んだ。全身の骨格が熱せられた剣にすり替わった挙句、内部から肉を切り裂かれるような激痛を味わった後。妹紅に遺されたのは尽きる事の無い無限の生命と、一夜で数十年も老いたかの如き見事なまでの白髪と、そののち千年以上に渡って苦しみ続ける事になる不死人の境遇だった。 そのように、輝夜は、妹紅本人から聞いている。 「だいたい……私たちの関係はお前の家臣たちにも筒抜けなんだろうが。優曇華院、とか言ったか? あの月の兎。私に輝夜からの手紙を渡す時、顔中が真っ赤になってたぞ」 「あら、そう。それはイナバに気の毒なことをしたわ。あの娘、もう数百年も生きているのに結構、ウブなところがあってね」 単に年齢(とし)を重ねるという事が、つまり成熟すると同義ではないのね。と、輝夜は呟いた。妹紅は何も言わずに目を細めた。まるで悪戯をした後、何らも悪びれる所の感じられぬ駄々っ子に、業を煮やしている風にも似ている。 「――もっとも、年齢と成長が必ずしも比例する訳じゃないのは、私やお前が一番よく理解しているだろ」 何たって、いつまでも若いってことは阻むんだよ、終わりを見据えた生き方ってモンを。 そう言うと、妹紅は一歩、また一歩と輝夜へと向かって近づいて来るのであった。そのたび輝夜の魂魄は高鳴った。精神の拍動が肉体を操り、期待にむせぶ心が、冷静さを維持しようと目論む身体の作用をまるで無に帰してしまう。それだけ、輝夜は妹紅の姿を目に入れると、自身の感情を抑え付ける事が不可能になる。 蓬莱山輝夜が、藤原妹紅に対し、強い恋情を抱いているという事実を、で、ある。 ―――――― 続きます。 ひとまずハッピーエンドには、ならない予定。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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