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・平成18年 年頭に考えたこと・
・日本人としての誇りと勇気をもって生きること・ ・人生の目的の一つである徳を積むこと・ 人間にとって、誇りと勇気というのは生き方、生きざまそのものといえる。 同時にそれは自分の仕事、職業に対する誇りと勇気でもある。最近の日本は、実際にはありもしない「閉塞感」という名の「空気」が漂っている。 こうした状況は本来備わっている人間としての誇りと勇気を喪失したことからくる「内なるもの」が原因となったいるように思う。誇りと勇気を喪失した結果、プロとして自らの職業の本分を忘れてしまっているのである。 民主主義の担い手としての新聞・テレビ等のマスメディアもプロとしての誇りと勇気を持っているか、疑問である。 誇りと勇気を喪失している点では国会議員も同様である。 国会に提出される法律案に真面目に取り組み、国益追究と国民の幸福実現の視点から賛否の判断するのが選良としての誇りと勇気であろう。政治の世界では正義が必ず勝つとは限らない。権力闘争である以上、勝つ時もあれば負ける時もある。 また、勝った方が必ずしも正しいとは限らない。 政治の世界は勿論、マスメディアを含む権力にある者は、常に謙虚であることを誇り、同時に寛容であることに勇気を持たなければならない、と思う。 ・「自殺背景、あくまで中国公安関係者」/外務省、中国に反論・ 外務省は1月1日、上海の日本総領事館職員が平成16年5月に自殺した問題で、中国側の「日本側が(事件後に)職員は職務の重圧のために自殺したと表明した」との主張に反論する見解を発表した。 外務省は「そのような立場を表明した事実はない」と否定した上で、「館員の死亡の背景には、現地の中国側公安当局関係者による遺憾な行為があった」と、自殺の背景に中国政府関係者の関与があったと改めて強く主張した。 対中国となると弱腰だった外務省にしては、珍しく毅然とした対応であり、喜ばしいことである。 自殺した総領事館職員とご遺族の心中を察すると、この問題で日本政府は中国政府の謝罪を求めるのが筋である。今後の政府・外務省の対応を注視していく必要がある。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006年01月03日 00時35分19秒
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