夏休み2020
8月6日のhitaru定期から一週間、束の間の夏休みでした
この期間はとにかくノンビリ
練習して、ご飯を作って、野球を観て寝る、の繰り返し
そんな中、HTBさんの朝夕の情報番組「イチモニ」「イチオシ」内で札響の演奏活動再開の特集を流して頂きました
スタッフさんの愛のある取材、編集のお陰で素晴らしい番組になっていました
心から感謝です
心から感謝と言えば、皆さまにご協力頂いた札響救済の為のクラウドファンディングが8月3日をもって締め切られ、最終的に1,703名様から1,865口のお申込みがあり、25,645,000円のご支援をいただきました
正直なところ、最初の頃は「大変なのは札響だけではないのに…」とこの活動に消極的な自分もいましたが、皆様の札響への想いがそれを大きく凌駕していることに気付かされ、その高まりが全道チラシ・ポスター配りへと繋がっていったと思います
hitaru定期でも、その想いに少しでも応えるべく、尾高さんや団員が一丸となって演奏できたと思います
御支援頂いた方々、少しでも興味を持って下さった方々に、改めて深く御礼申し上げます
ただまだ楽団存続の危機を乗り越えられたわけではありません
もしご興味がございましたらこちらのページをお読み頂き、ご協力を賜ることができたら幸いです…
↓御支援のお願い
https://www.sso.or.jp/patrons/?=202004170000
今思い返してみるとこの一週間はなかなかドラマチックで、日曜日だったか、夕方ご飯を作りながら何気なくHBCラジオをつけたら、チームナックスの森崎さんが喋っている…
その内容が何と、森崎さんや大泉洋さんの所属するオフィスキューさんが札響を救済すべくコラボレーションしてくれた「ともに生きよう」についてだったのです…!
↓札幌交響楽団応援企画「ともに生きよう」プロジェクト
https://camp-fire.jp/projects/view/313324
しかもこのプロジェクトについて熱く語る事約15分以上!
一時間番組でこれだけ取り上げてくれるなんて、この人マジ本気だ!と感動してしまいましたよ!
どうやら生で放送しているようだったので、この日のテーマ、「男の中の男、女の中の女」に引っ掛けて、もちろん札響だけでなく北海道の救世主として、「男の中の男は森崎さんだ!」と急いでお礼メールを書いて、料理に戻りました
そしたら番組終了直前に、そのメールが電波に乗ったのです…!
もうビックリ❗️
実は先月森崎さんとテレビでお話しさせていただく機会があり、そのスケールの大きさと温かく包み込まれるようなお人柄に、これまで以上にファンになっていたところでした
今回のプロジェクトについて、8月22日の午後4時からHBCテレビさんで放映されますので、北海道にお住まいの方は是非ご覧ください
↓交響曲第CUE番 ともに生きよう
https://www.hbc.co.jp/tv/daicue/
昨晩は30分ばかり、ペルセウス座流星群をみるべく山奥へ
約7本中4本は長くて明るい流れ星でしたよ💫
そして夏休み最後の1日は、午前中にさらって、午後からBSで流れていた「あゝひめゆりの塔」を鑑賞
最初は奥方の方が「これ観ておくわ」なんて言ってたのに、最終的に恐怖の中で作品に入り込んでいたのは自分の方でした…
映画でもこんなに悲惨だったのなら実際の沖縄戦はどんなだったんだろう…
言葉を発する事ができませんでした
続いてその後の番組、
ドラマ×マンガ お父さんと私の”シベリア抑留”「凍りの掌(て)」が描く戦争
を鑑賞
亡くなった母方の祖父がシベリアに抑留されたこともあって、つい感情移入して観てしまいました
幸いというか、この番組は「ひめゆり」よりはライトなタッチで描いていたので、それまで以上に心が沈むことはありませんでしたが、それでも想像を絶する厳しい環境下で労働を強いられたり、仲間を終始疑わなくてはならない状況を作られたり、ある部分の感覚を麻痺させなければ生き残れない、戦争がもたらすこの世の地獄に改めて想いを馳せる事になりました
祖父はたまたまそこまでの重労働は課せられなかったようですが、それでも「ソ連の街角を歩いていて、ロスケに背後からいきなり銃を突きつけられ、10秒間以内にロシア語で『スターリンは偉大なり』と言えないと殺されるから必死で言葉を覚えたよ」といくつかの単語を披露してくれたことをいつも思い出します
当時話してくれたことをきちんと記録しておけば良かったな…
そして最後は先日録画していた、こころの時代〜宗教・人生〜「弱さを希望に」を鑑賞
長崎のカトリック修道士小崎登明さんのお話でした
彼は長崎のトンネル内で作業中に原爆を落とされたため一命はとりとめるものの、その直後に被爆して助けを求める小学生を「助けず」、数日前に自分を殴った腹の裂けた相手も「助けず」、ざまぁみろと「許さず」、「逃げた」
彼の修道院を建てたコルベ神父や多くの修道士の生き様を通して、自分の、人間の「弱さ」を見つめていく、という内容
このコルベ神父は1941年8月14日、アウシュヴィッツで餓死刑に選ばれた一人の青年将校の身代わりとなって亡くなった方
ドイツに住んでいた頃アウシュヴィッツに行って、彼が幽閉されていた牢屋を見てきましたが、彼の温かさを強く感じたことを未だによく覚えています
↓その時の日記です
https://plaza.rakuten.co.jp/tazyonoshinso/diary/200902170000/
これからも自分の洗礼名であるコルベ神父の精神に少しでも近づけるように、目の前のこと一つ一つを丁寧に、感謝の気持ちを持って生きていきたいな、と改めて考えさせられた一日となりました
さ、明日から始まるアキラさんも頑張ろう!