連絡ノートから思出すこと(長いよ)
昨日、しみじみと息子の大きさに感動したら急に連絡ノートを見たくなって、久しぶりに開いてみた。息子が生まれたころの事をちょっと思い出した。生後2日目に産院からNICUのある病院に移って検査の結果、先天性十二指腸閉鎖症で手術が必要と分かって生後6日目に医大に転院。翌日手術する事に。毎日産院から外出してた私も退院して、一日病院でパパと待機。小児外科のICUに入院してから看護婦さんが息子の様子をしたためたり私やパパの気持ちを書いたりするノートを用意するよう言われてたので、スヌーピーの緑のノートを持参し表紙に名前を書いた。看護婦さんが勤務帯ごとに息子の様子を書き入れてあって生まれつき活動的だったみたい。抱っこをせがんで泣く様子やせまいベットの中を一回転することもあった時には証拠写真と解説図がついてた事も。(看護婦さん、細かく書いてくれて、ありがとう。もちろん、手術に携わったDr・ope棟のスタッフの皆さんにもとても感謝しています。)毎日病院に行ってたなぁ。一日何回来てもいいよ、と言われても車でなきゃ行けないし、産院退院後1週間は妹や義弟に頼んで連れてってもらったけど、あとは退院までは自分で運転したっけ。院前に私のトレーニングの意味で私と息子が5日ほど一緒の病室で入院した事は子供に慣れるために、今思っても良かったと思う。自分の食事を毎日売店に買いに行くのに息子を連れていくのは大変だったけど。最後の方には義母が作って来てくれたからとても助かったけどね。突然、帰っていいよ、と息子を渡されてもきっと、おろおろしちゃったかもね。子供を産んだはずなのに、家に子供がいない生活を1ヶ月。生んだ実感が持てなかったもの。手術室に勤めてたから、手術を受ける事が特別な事だとは思っていなかったので、あんまり深刻になってなかったなぁ。ただ、生まれて2日目に離れてしまってNICUで保育器に入ってコードだらけのの姿を見た時はショックで泣いちゃったけど。病名と状態を聞いた時には、産院からNICUへの転院をすぐ決めた産婦人科医に感謝したなぁ。体重が15%減って、熱があって、嘔吐を繰り返してて脱水。顔も口もシワシワ。目も落ち窪んでた。NICUの対処が良かったから、転院してすぐに手術できる状態になったって、医大のDrも言ってたなぁ。息子がこんなに大きくなったのは、たくさんの人のおかげでもあるんだなぁ。そのうちお世話になった病院に顔出しに行こうかな~。産院にはこれから行く機会を作ろうと頑張るつもりだけど他の病院は難しいかな~。用事ないもんなぁ~。う~ん。