カテゴリ:だから
彼女の誕生日は忘れてしまった。
銀座の資生堂パーラーで、あのケーキを探した冬近い夕暮れ、顔見知りのスタッフがいった、 「オフシーズンでございます」 渡しそびれたままの、モンブランのボールペンだけが、残された。 彼女の体の記憶を消し去るために、おびただしい新しい体を求めた。彼女を愛していたような、あいまいなそういった行為は、心の場所のある体を、代償の体を求めていく不毛な情事の堆積がかさを増していた。 「私、愛してる人がいるの」 夜明け前の私の部屋で、コーヒーのマグを抱え込むようにして、うつむきながら彼女は言った。 覚悟はできているのか?と聞こえた。 私は白んでいく夜の気配の窓の外を見た。車のライトが遠景を流れていく。 「どこに帰るのかしら、さみしい川のながれのよう」 私は彼女の虜で、いくらほかの女たちにだかれても、このやっかいな乾きの心は満たされることなどないと承知で、泣きながら目覚める朝が怖くて、眠れないでいる。 彼女が私を必要としたPHASEを反芻しながら、素の彼女が愛している男には見せない表情や、状況のなかで、私を求めた事実だけが、その厄介な恋の行方を照らし始めている。 「SEXはしないよ」 「もうあわないようにしましょう」 「HPはみてないよ」 そういった台詞が、ひとつひとつ、貴之の心にかさぶたのようになっていて、ひりひり傷む。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 5, 2006 10:53:52 AM
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