カテゴリ:だから
芝生の庭は、水まきのあとの、緑の匂いが増した、あなたは、灯篭に火をいれて、浴衣のまま、白いデッキチェアに座ると、ヨット用のランプにも、火を点した。
初夏のような、涼しげな、夕暮れの気配は消えて、ながくなった日も、ようやく夜になって、その強さを増した、下弦の鋭利な月が、おぼろに、仄やかに、あざやかなムーンカラーで、その眺めを、眺めている。 猫の”ねね”は、灯篭の近くの庭石の上の冷たい感触を楽しんでいる。 バーべキューの終わった、人のいなくなった庭で、炭火の残り火に、銀杏を焼いている匂いが、あたりにたちこめる。 「銀杏の焼けるにおいって、すこしHよね」 「はあ?」 「ねえ、貴之、その、はあ?ってやめなさいよ」 「はあ?」 貴之はしたたか、安いワインで悪酔いした目つきで、今夜はどこに飲みにいこうか、考えている。どうでもいい話ばかりの、縁故な宴会でつかれてしまったのだろうか、神経が高ぶっている。悪戯な日常の、堆積していく見知らぬ疲労が、貴之を蝕んでいる。 「月はなんでもしってるんでしょ」 「そうよ、あなたが飲みにいくことも、お見通しなのよ」 「ねえ、きみ、ぼくのどこがすきなの?」 「わたしが、すきっていったことあったっけ」 「はあ?」 「あなたがいわせてるのよ」 貴之は月をみて、残りのワインを飲み干すと席を立った。 「シャワーを浴びてくるから、車でおくってくれ」 「お月様の言う通りだわ」 「仕事だ」 無意味な会話の日常というもののうざさに、つかれはてていた。この女とこの人生をこのまま生きていくことを、すこし無理のある思念にとらわれている。 「おくるけど、わたし帰るわ」 「うん」 「酔ってこないでね」 「うん」 「ねえ わたしのどこが好きなの?」 「いまそのことを考えてた、あのころはそんなこと聞かなかったね」 「だって、あなた私をだきしめて、そんなこと聞く時間なかったわ」 ふと庭石を見ると”ねね”がいなくなっている。彼女も今夜は忙しいようだ。 深夜に彼女に電話をすると、留守番電話になっていた。 空を見上げると、月は西にかたぶいて、やさしい光を落としている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 30, 2006 08:28:33 PM
コメント(0) | コメントを書く |
|