カテゴリ:だから
美樹はKに暮らしていた。去年の夏に会った時、転居先の住所が、判りしだい知らせるといって別れた。二ヶ月後に転居したが、忙しさに紛れ連絡もせず、仕事でKを訪れる事もなかった。
夏祭りが近づいた、七月の終りに、空いてないと思いながら、気紛れにホテルに電話をすると、空室があった。少し迷った後で予約した。美樹は申し出に抗わなかった。抗わない理由が、気になった。それを語れないなら、立ち入らないほうがいいと考えた。応じられない申し出は、待つ気配を匂わせた。 数日後、旅行の準備を終えて、玄関に小さなトランクを運んだ。そして部屋に引き返すと、デスクにすわり、タバコを吸った。約束は、すべて旅先から断わりを入れるつもりでいた。ソファにになり、受話器のコードをひっぱって、ビールのグラスを手に、もわけをしている、その様子を思い浮かべた。 出る直前に、旅行を止める気になった。背広をベッドの上に投げ、ネクタイを力任せに引き外しながら、バスタブに湯を注いだ。長い時間、バスタブの中で目ツじていた。 深い蒸気の中で、握り締めた受話器に、冷たい滴が、幾つも滲んでいる。遮閉された狭い空間に、若い女の声が、入り込んできた。否応なしに、それは、話すことを強いた。 恭子の声は、部屋に招き入れられ、まちがいなく、恭子以外の女を抱いているのを、見届けるのだろう。部屋にいるときは、女を抱いているか、原稿を編んでいるかしかないと、恭子達は考えていた。たしかに、恭子達がこの部屋にいるとき、抱くか、デスクに向かっているかの、いずれかだったけれども。 「旅行にでるところだったんだ」 「誰と」 「一緒に行くのでなく、会いにいくんだ」 「女を連れてあいにいくのでしよう」 「そんなに熱くないよ、昔ね、愛してた女の今のステディが口あんぐりするところが見たくてね。いま愛し合っているより、昔愛し合っていたという、いわゆる、ほら大人達が困った時良くいうだろ、世の中は甘くないって」 「へえ、でも私、いま欲しいの、言って、もし今誰かがいるなら」 「ひとりだよ」 「いま、近くなの、私もシャワー浴びたいな、ね、いいでしょう、旅行に連れていってって言わないから」 「シャワーなら惇之のを借りたら。それとも、塞がってて私にきたのかな」 「ひどいのね、昔は回るのまっていたくせに。だからあなたって、いわずもがなの多いひとなのよ、だからね、不用意なこと話せないのよ」 「いわずもがな」 「そう、自分で良く分かってらっしゃるでしょう。だからつかれるの」 「それはひどい言い方だね」 「そしてあなたは私にステディができればいいと思っている」 「どうして」 「捨てる必要がなくなるからよ」 「これ以上話さないほうがいいね」 「そう」 「ではまた」 電話を切る。西に向いたバスルームは、夕闇が始まりかけていた。 惇之は眠りに奔ばれていた。そのために疲労を必要とした。眠りが必要な夜更けには、女を抱いた。ようやく夜明けまでに、浅い眠りに入る。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jul 17, 2006 10:28:44 AM
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