カテゴリ:だから
その夜、彼から返信はなかった。食事のあとに連れて行かれたホテルのラウンジで、彼は何度か着信や、メールを受けていたが、知らん顔して彼女との話を続けていた、なぜマナーモードにしていないのか不快だった。
そういった激しい土曜日の夜に、彼女を終電で送ったあとに、ちょうど女のいる場所にたどり着いた時間を見計らってメールを打つと案の定、彼は返信できない、あるいは眠り込んだのか、いずれにしろ、タクシーを止めた彼のマンションの駐車場で、その女を見届けるつもりだったが、彼はホテルの部屋にいたので、朝までだれもその部屋には帰って来なかった。 そして彼女は、疲れてしまった。 なにが彼女の地雷だったのか、考えてみた。 恋文にメールはなく、彼女の友人にさえなれなかった。職業上の愛嬌を勘違いした男は、比較的無視された他人行儀な彼女の反応にそういった地域社会や、彼の行状のうわさが彼女の耳に入ったことを感じたし、それを確かめない彼女はその彼の風評を信じているのかもしれない。 そういった彼のものにならない彼女の鋭い目線はおそろしく美しいのだった、彼は得たことの無いものの喪失にまた陥っていた。彼女はからかわれていたと感じたのか、そういった振られた男という印象で、手持ち無沙汰をなだめていた夕暮れに、彼の携帯は鳴り出して、聞きたくも無い話を聞かされることになる。 彼女は抱かれなかった。それは精神的なものでなく、物理的なコンフリクトを避ける目的だった。やがて彼女は彼の妹のような存在になっていった。そう考えなければ、彼のバランスが揺らいでいく、あるいはもはや取り留めの無い状況になっていた。 彼は振られた男の立場を維持して彼女のことを考えていた、あるいは多忙を理由に保留のままそういった曖昧な社交を続けるしかないのか。しかし、世界はそんなことを認める訳はないのだった。翌朝の宅急便業者や、配車したタクシーの運転手や、最寄り駅のモニターを見ている職員は、その雨の日曜日の午後の彼と彼女の行動を、そう認識している。 事実はあっけないもので、実はこんどというものはこないのだった。今の連続性の必然の中だけですべては決定されていたし、いずれにしろ、彼が愛されていると感じないのだから、結局彼を愛している女などいないのだと、思い知らされる日曜日の黄昏だった。 「だからそういったややこしい話でなく、いくかいかないかだけなんだから」 そういって彼女は傷ついている目つきになった。彼の懸念は現実化した。そのように圧力をかけて、どうなるかこのひともわかっていない。どうしてこんなこと、つまり彼の人生に通りすがる人ばかりが、彼に強いることを切り返していくのだろうか? 「惚れたものまけなの?」 「あたりまえでしょ」 彼女の価値観の中で、揺れている。そうした義認や信頼を壊すことでしか、自分の特異性に終止符を打てないのか、深夜から早朝にかけて、誠意に満ちた取引のようなものは、物別れに終わった。前提条件ならいくつも覆されているが、たぶんそれも忘れたふりでいることの試すような真似を、あるいは容易い男と思われていることを、これ以上放置できない、ある臨界点に来ていた。 朝焼け前の神屋町のレストランの窓に逸れた台風の早い雲間に、中秋の名月が顔を出していたが、彼女の席からそれは見えなかった。 国産のEXECTIVE用のその黒塗りの大型車に、ゆっくりと彼女は乗り込んだ。お抱えの運転手に彼は銀座といった。 ポールスミスの仕立てのいい背広は下ろしたてで、彼のどちらかというと下品な育ちにはにあっていなかった。 由香はこの男をどうしようとは考えていない。 白いレザーのパンツスーツをそのベルベットのシートに横たえて、彼女はその男のことを考えている。 ラルフのジャンバーとリーバイスのジーンズのその長髪の男は、由香と男が、銀座のクラブに彼女を連れて行く交渉をしているとき、4~5人の中国女性を従えて、立ち話をしていたが、彼はたしかにうんざりとした表情で由香を眺めていた。 LVのバックを持っているのを由香は後悔した、なんでこんな夜にこんな安い女の格好をしているのか。 その男はアルマーニのめがねの向こう側の冷たい目で、由香のすべてを見透かしていた。ピンクのシャンパンのPARTYは、たくさんの女性のなかに、彼女は値踏みされにいくのだ。その男は由香が自分にふさわしくない女で、それでも自分が愛しているのだということをつたえるために、銀座のVIPROOMでたくさんのドンペリで彼女に恥をかかせるつもりでいる。彼は愛されていないことを知っていたが、彼の仕事の才能や、ゲインを、彼女は認めざるをえない。 由香がこの男の社用車を私用までひきまわす、鈍い感性や、会社経費で、豪遊している事実にうんざりしていることに気が付いていない。 テイルランプが消えて、ゆっくりとPRESIDENTは飯倉方向に右折した。毎夜のむドンペリはぺリエのような感じしかしなくなっている。 すきな男とうまくいかない由香の淋しさを考えた。スポウンサーなのか支援者なのか、愛人なのか、男は気まぐれに由香の体を求めたスイートルームで、キャビアまみれの指で彼は由香に触れてきた。 その指先は彼のなかで唯一美しいものだった。 今夜は抱かれないでかえってやる、そういった気分の悪さを感じたとき、あの長髪の男のことが気になっている。 彼はそのホテルの上客だった。ホテルの格式が、彼の来訪を満足させ、彼のホテル内部での存在感はそのホテルの格式、雰囲気を上げた。疲れた彼を包み込んで彼の神経を沈静させるそのホテルは、彼を回復させる。 「部屋に行こうか?」 「わたしとSEXするの?それはだめよ」 彼女の父親は、取引先の新宿のデパートの食堂を寝付けない幼い彼女のために開店させた。 彼女はバニラアイスクリームを深夜の食堂で食べたと言った。祖父は大抵の彼女の望みを果たした。彼女はそれを当然のことと考えていた。なぜなら彼に愛されていたから。 朝に近い夜更けに男は一人でホテルに帰ってきた。人気のないタワーへの連絡通路で朝刊の準備に忙しいボーイとすれ違う。28Fのその部屋は、ルームサービスも下げられ、彼女がいた気配はなくなっていた。 彼の恋はプロセスを無視している。複数の異性と同時に交際するが、それは純愛でしかない。おびただしい量のPACKETとつながらない電話が彼のプレゼンスだった。彼の母親は素人を泣かさないように忠告していた。彼は素人に泣かされることになる。いずれにしても泣くことになる、赤子のように。 量の問題でなく、質を求めた。いっせいに送信される彼のメールへのレスポンス、いきかう細かいメールによる交渉、彼の今夜の最高の女が決まる。陳腐な最高。B級大学生、事務員、受付嬢、秘書、中途半端な芸能人、キャンペンガール、蜩。彼の人間関係は煩雑だが、だれも彼の部屋に来たことはない。理由がわからない。 彼と食事をする。高価な食事、普通の人生ならばそれは一世一大事な会食、それがあっけなく展開する。 彼は話を聞く。彼女たちは、彼を顧客にしたがるが、ビジネスは彼のほうが勝って、曖昧な状態で、煮え切らないビジネスがそこにある。 彼と食事をし、店に彼を連れて行くと小額の金が手に入る、ふつうの21歳なら7日間は生きられる程度の。しかし彼と街を歩くと街が振り返る。それが一番気持ちよかった。 気が向くと彼は抱きしめてキスをするがそれ以上のことは起こらない。どこかにそういう女がいるのかもしれない、あるいは不能。 省略されたプロセスは出会い方と別れ方だった。彼の恋愛にはその2点が欠損している。 雨夜に電話した。ふりかえると君がいたあの午後10時5分前 あの時間に戻りたい。きれいな指先に挟まれたタバコ。雨の青山通りの車の中できいた。消去された携帯番号。あの夜も雨。どこにいるのとくりかえして切れた電話。二度と話せなくなった気がした。暫くしてあなたの声は涙声になった。戸惑う僕はこめんねと繰りかえすだけ。 ある夜なにげなく検索すると、モーターショーや、DVDのやばい仕事をいれていた。 MEDIAにも秋から露出をグラビア系に数本入れていたので、微妙な状況になっている。 大学は退学になってしまうかもしれない。 夏の終わりに、折り返し電話をするといって切れたままだった。 いったいどこにいこうとしているのだろう。 彼女に最後に会ってから10ヶ月が過ぎていた。 私の誕生日の夜に会えないでないていた女が、そのような形で芸能生活を続けている。 胸がいたむ、らしくないといえばそれまでだが。 アマゾンのwebでみた彼女は、すこし痩せたような惨い腰つきをこちらに向けて、 両手を床についたまま曖昧な表情で、褪めた視線をしている。 オーストラリアに行く私を見送りに、彼女たちは空港に来ていた。 私は32歳になっていた。 私は二人の女に愛されていたはずだが、二人がかりでも私をささえることはできなかった。 上京し家電メーカーのCOMPUTER事業部でDOCUMENT作成をしていた。裕子は卒業して保険会社にいた。 転居時にあの小娘とはわかれてと、下りきった夫婦坂の交差点を右折しながら不意に私に言った。 多分あの助言を受け入れなかったことを、後悔することになるとは考えていなかったが、わかれたとき、彼女は私の前から消えていた。 空港で、手をふっていた。私はあの旅行にいったまま、まだ帰ってきていない感じがしている。 一人の部屋で、音楽と明かりを消して、彼女たちが私を必要としなくなった理由をぼんやりと考えている。 彼女たちは私がいなくても大丈夫だと感じた。また私は彼女の不在に飼いならされてしまった。 彼女たちは絶頂にあった。彼の必要はなくなった。私達はそういったかけがえのないものを失うのに慣れていた。 空腹の彼女は一切れのパンの恵みでもういちど徘徊に戻る。 愛のない生活は彼女を破壊した。 取り返しのつかない時間の中で、儚い夢にうつらうつら落ちていく。 彼女たちには悪意はないが未必の故意は意識しているようだ。 私たちはささえあって生きている筈なのだが、ときにはなんで支えられるかを考えざるをえない一日があったりする。 「あなたはいっているのよ」 「もう私はあなたの味方ではないわ」 「あなたが相続する財産が欲しいの」 「あなたなんか愛したりしたことないわ」 「わたしが彼女の恋人だったこと、わかっていたでしょう、あなたの正体の話は、彼女や、あなたの知人から個人的に聞いていたよ。あなたは彼女から僕を手に入れた。だからあなたは残りの人生をかけて、彼女の名において、私を幸せにする義務があった筈だ」 どうしてそんな人になったの、なにがあったの? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Dec 23, 2006 10:02:59 AM
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