カテゴリ:だから
16階建てのマンションの8Fという意味のない部屋に居候していた女がお嬢さまだったので、まったく忌憚のない会話を我々はしていた。彼女は私を先生と呼んでいた。彼女は24時間私の秘書、兼かばん持ち、兼情婦、兼愛人、その他かわいい子の電話を聞いてくる役や、かわいい子の出るパーテーや、旅行などのブッキングをしてくれていた。 ガールフレンドが来ると、彼女は住んでいる私のマンションに「こんにちわ」と来た。僕たちはほぼ同じ体格をして、ジーンズを共有したりしていた。僕は彼女を愛していたが、諸般の事情により、お別れになった。 もしかしたら私の人生のなかで、いまのところ、もっともひどいことをして、もっとも愛してくれたお嬢さまかもしれない。 そういった“嘘”が嫌いな彼女が教えてくれたこと、それは、私が寝言をいうことだった。 「なんか、だれかとはなしてるみたいなんです、ゆめみてるんですかね」 「うそ、そんなことしらないよ」 私はたくさん女の子と寝たことがあるが、寝言いってたとはなしてくれたのは彼女が初めてだった。 「けっこう、すてきなことしゃべるよ、寝言で、複数の女の人と話してるみたい」 「まじ?それ、原稿に使えないかなあ」 「メモしときましょうか?」 「うん、たのむよ」 朝起きると、BEDSIDEのテーブルにメモが置かれていたそれが昨夜の寝言だった。 と いうことは、彼女以外の女たちはそれらを僕の潜在意識だと聞いて{ふーーん、そうなんだ}とかしてたに違いない。 前置きがながくなったが、以下がそのメモの入力分である。 出ている名前は実在するが時効なので容赦ねがいたい。 ------------------------------------------------------------- 貴之の寝言メモ 約1ヶ月分である ------------------------------------------------------------- 約束をしていたために起きたこと、それだけの時間なのかい 君が見せる偽りの横顔に僕を重ねてしまうのはいけないことなの 恋に狂いながら死ねる男が羨ましいね 僕がそっとしてるつもりでも、君はすぐにわかってしまうね 君の前に足を投げ出して力なく腕を重ねても、君は何もしない。 真美、君の事を思っているのは、誰なんだろうね 僕の愛する人はここにいないよ 夜が過ぎていく。毎日見過ごされていく僕の姿。 綾、君は心の隅に落とした僕のことを、もう忘れてしまったのかい 水のなかに漂う海のように、名もない僕の漂う世界。 美奈、君の濡れた髪に口を寄せて流れる汗を、 背中からシーツが拭い取って、僕を濡らしていく。 髪を揺らしながら、体を少し屈めて夜を見ている瞳。 僕は寂しさだけを君に与えながら、見ているだけなのかい、君は。 僕のほうに近づいてこないの。 何もしないというのかい。 何も出来ないなんて、部屋の隅に座って待っているだけなの。 そんな毎日は意味さえもない。なんていえばいいんだろう、 君のように悲しい人は、僕以外いないよ。 秋、瞳ばかり逸らして、君の素直な心が感じられないよ。 僕の前に跪いて美しい髪が揺れていたのに。 肩越しに見える月が、二人を照らし続ける夜よ、君は、あらわれない。 君が愛してくれる僕の存在を僕は愛していなかった 雪の舞うホームの隅に膝を抱えて座る姿を見ていた君は なにもいってくれない 雪をみている僕の瞳が少し閉じる時間を思い出させて さびしげな目線を振りまいてどうするの きみにはぼくはみえてはいないよ 恋するたびに傷つけていたのは君なんだ 夜更けのシャワーのように一人体を休めて ぼくはきみのことをおもいだそうとしている 秋、きみはそんな事続けるつもりなのかい ぼくはまたひとりにされて きみはまたひとりになろうとする さっき告げたことばをもういちどきみにつたえてもいいの きみが知ろうとしない僕はすこし傷ついた子供だね 夢をみているようだね きみはその手を肩からの髪に重ねてぼくを見つめている すべてを確かめていく視線の先はなんなんだい おまえのように過ごせる時間を僕の心は持ち合わせていないよ さびしい 風に舞っていく風景 夜を待っていた 君を待っていた 時を待っていた 全てを待っていた 僕の すべてが終わる前から 決められている道 たしかに今夜おわったようだね いつもみたいにきみのこと思い出してる 僕は歩道に架かる街灯の中に立ってる 君の姿はなくても 真美、きみを見つめている はじめたくないのなら もうぼくを誘うのはやめて ぼくはきみほど美しい心をもっていない お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|
|