カテゴリ:だから
湯殿に頬づえをついて、かの女の体をあらう様子を、みている。
その浴室は、六本木の高層マンションの、一室で、その女は、交差点でひろってきた。
かの女は、さきほどから、念入りに、指先を洗いつづけている。その指先を、見ながらこういった。
「わたしたち、こうなったら、ここでくらしましょう」
「こうなったら?」 いったいどうなってるんだろうと、僕は素朴に、頬づえのくみなおしながら、 「それプロポーズなの」と聞いた。 「そうね、ここ気に入ったわ、あなたもいい仕事してるし」 「仕事?」
一時間前、東京タワーを見下ろすベランダで、バカラにモエを注いで、初めてのキスをした。それは午前3時で、僕たちは二時間前に、西麻布のクラブで、知り合ったばかりだった。 僕は、その女の、そういえば、まだ、名前もしらない女の、体の線をみながら、こういった。 「いいよ、明日区役所に行こう」 「そうね、それがいいわ」
たぶん僕はどうかしていたのだろう。その頃の僕は、人生なんてそんなものだと思ってた。
翌日、戸籍届をだしたあと、僕たちの不思議な生活がはじまった。
そう、僕たちが、一日の大半を、その浴室で過ごすことになるとは、夕暮れの区役所から、帰り道に祝杯を上げた、ホテルオークラのバーで、彼女のさらさらした髪をさわりながら、僕は思いもよらなかった。 そして、そういった僕たちの生活が、はじまった。
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Last updated
Apr 1, 2007 09:22:16 PM
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