ページをめくると涙があふれてきた。そこにはあなたのバイトの予定が、あふれるように書いてある。君とどこに行って、そんなふうに愛しあった事実が書いてある。
遠い昔なのか、昨日なのか、
あふれ出す涙は今流れている。痛々しいダイアリーの健気なひたむきな純粋なそういった時間の残像が、時空を完全に破壊している。
あの公園の図書館のベンチにいけば、きみにあえる気がして。
「あなたはあなただから(その女誑しは死ぬまでなおらないでしょう)」
もっとちがう方法で、お別れしなくて済んだのか、、たんなるこれは春の感傷なのか、貴之はキャビネットにそれを突っ込んで、そもそもなんでそんなものがでてくるのだと、涙をぬぐいながら、感情は怒りに変わっていた。
ふとモニタを彼女ののCHATがONになっている。
彼女が話しかけてくることはない。
それは駆け引きなのか、SKILLのなさなのか。
僕たちはそういった捨てアドの関係なのか。
「メールまってたんだけど」
「LOGあったでしょ」
「ゼミ落ちたんでしょ」
「なんで知ってるのよ」
「いつ帰国したのさ」
「LOG見たでしょ」
「君かどうかわかんないよ」
「あなたにわかんないことなんかあるの?」
「いまどこ」
「学校だけど」
「なにしてんの」
「ゼミの対応にきまってるでしょ」
「機嫌がわるいんだ」
「よくわかるわね」
「USは楽しかったの」
「そんなこと聞いてどうするの、いま、忙しいから落ちるね」
「社長、まだですか、あれ、泣いてるんですか?」
モニタから顔を上げると、秘書の雨宮が立っていた。
「あ、こめん、なんだっけ、きみいつからそこにいたの?、あ、いや、目薬さしてた」
「でも目が赤いですが、どうされました?さいきんおかしいですよ」
「え」
「なんかお考えしてらっしゃるのでしょうが、ボーとしてらっしゃるから」
「考え事してるにきまってますよ、そんなにボーとしてるの」
「そうですね、渋谷方向を見てボーっとしてますよ、渋谷になにかあるのですか」
「いや渋谷のずっとさきだけど」
「まだ終わってないんですか?」
「いや、、まだはじめってないんだ、で、なんの話だっけ」
「コーヒーお持ちしますね」
秘書の雨宮を怒らせてしまった。
怒った彼女の顔もうつくしいなあ、と、ぼんやり感じた。
「きみさあ、前職アテンダントだっけ?」
「それは高宮、私は雨宮、3年になるんですから名前ぐらいちゃんと覚えてください」
雨宮は笑っている。
「君の前職なんだっけ」
「覚えてないんですか、私もわすれました」
役員室のドアが閉まった。雨宮は失礼しますとか言ったことがない。
僕は彼女を愛していたが、中小企業にありがちなそんな安っぽい恋愛はしたくなかったし、彼女も特に男に不自由するタイプでもないし、銀座のクラブでの僕の行動を全部秘書として把握しているので、僕を家族にする気にはなれないだろう。
渋谷方面の高速の車のライトが灯りだした。
貴之は同じ内容の10本のメールを打った。
「いまどこ」
「南青山」
数秒で、今夜の貴之をしずかが、GETした。
「なに食べる?」
「あっさり系」
「じゃ赤坂の例のところ、時間は」
「9:00」
「了解」
「もう仕事しないんでしょう」
コーヒーを二つ持って雨宮が入ってきた。
「今夜の予定は」
「決まったよ、ビジネスからんでるから、同行してくれないかなあ」
「わたし、先約あります」
「へえ、野球でも見に行くの?」
「いいえ、しずかさんと和食」
「?え?今日は土曜日じゃなかったっけ」
「役員みんないますよ、金曜日です」
「しずかから電話あったの?」
「メールで、貴之をつかまえたってよろこんでましたよ」
「そか」
「でも今夜は、銀座にはいきません」
「そ」
「実家から母がきてます」
「そか、じゃ赤坂、お母さん呼んだら?」
「母は洋食系なので、後日お願いします」
「うん」
「うちの母に会ってどうするんですか?」
「いや君のおかあさまだから、おきれいだろうなと」
「父死んでますけど」
「え、ごめんしらなかった」
「入社前だから、でも役員面接したのお忘れですか?」
「ごーーめん」
「うちの会社、秘書多すぎませんかねえ」
「うーん、できのわるい役員ばかりだからねえ」
「でも役員5人になんで、秘書課は8人もいるんですか」
「秘書課長の山内は男性だろ」
「女性とか男性とかの問題でなくて、どうして社長の担当が3人もいるんですか?」
「まあ、君がいちばんベテランだから大変だよね」
「藤井さん学生時代から知り合いだったってうわさながしてますけど」
「うん、あれは縁故入社だ、断りきれない状態だった」
「だれに?」
「本人」
「これ以上スキャンダルもみけせませんからね」
「うんすまない、なんかしかられてる感じ」
「仕事です」
「ねえ、雨宮」
「なんですか」
「きみねえ、影の社長っていわれてるの知ってる?」
「存知あげてますが、なにか?」
「なにか?って 2CHじゃないんだから、はっhっは」
貴之はきこちない笑い声をしながら、部屋を出て行った。
雨宮は渋谷方面をながめて、
また後輩がふえるのかなあと、
さめたコーヒーをすすった。