カテゴリ:だから
嵯峨野の夕闇は、廣澤の池に降りてくる。 古の恋人たちの悲恋のいとおしさが、ひそんでいる夕暮れは寂しくも切ない。 貴之は自転車をとめて、ぼんやりと、そのなみなみ水をたたえた池に、やがておりてくる月光をまっていた。 孤独はいつしか感じなくなっていた。その漆黒の嵯峨野に夜が下りると、やがてもののけどもが騒ぎ出し、彼に襲いかかってくる。 それは感触であり、記憶の断片であり、もののけの蠢きにすぎないことも、そういうふうに、考えていれば、やがて、東の空に蔓延の月が姿をあらわして、その暗闇を月光のもとにさらけだした。 遠くを過ぎる車のライト、なきだす夏虫、夜露に濡れだす草の匂い、視覚的な情報の欠落したその世界は、だれもいない、だが、孤独を感じさせることもない。 貴之はくらがりのなかで、じっとその月をながめているだけだった。
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Last updated
Jun 2, 2007 07:42:03 PM
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