その美酒だけは、人生の幸福な夜のためにとっておいて、決して口にしなかった。しかし今となっては、その幸福な夜を、迎えたとしても、それはきっとほろ苦いものになってしまっているのだろうか。
酒場で、陽気に、あなたはそれを空けていく。
「貴之、どうして飲まないの」
バカラのシャンパングラスをふりまわして、理恵がいう。
「シャンパンは嫌いでね、ぼくにはサイダーが似合っている」
「じゃサイダーとろうか」
「え?いらないよ、いまは」
こうして酒席に酔いつぶれているときに、ロックグラスのブランデーを、無性に麦茶のように飲みたくなる夜がある。テーブルに並んでいくピンクのボトルを眺めて、淑女諸君の要望を満たすことのそういった意義を、多少見失いかけていた。
「ねえ、このあと、食事いく?」
「え、?つれてくの?」
「うん、いいよ」
「あと、だれがくるの?」
「みんなくるよ」
「そか、、ま、いいか」
時計を見ると、12時を回っている。伝票をみると{指名}という欄に10人の名前がチャージされている。
10人くるのかと思いながら、ソファから立ち上がろうとすると、すこしふらふらして、いい感じだった。