カテゴリ:だから
ベランダで揺れる私の髪を彼はさわってくれた。 私はここで彼にキスをされる何人目の女なんだろうと思うと、 吐き気がしてきた。 だから彼女はそうして反射的な運動神経で私を抱いただけで、 それを愛情の献身的な奉仕の行為に見なすことは躊躇した。 それは彼女の快楽の補助的な要素にすぎないことを私は見抜いていた。 彼女の関心は快楽の深さを引き出すことで、愛情を確認することではなかった。 私はその確認方法を考えていた。なにか簡単な質問で明確にする方法はないのか。 「だしていい」 彼女は首を横に振って見せた、その行為の中で。 それは快楽の深遠をとめどなくする手順に過ぎず、 それを愛の表現と見なすことができなくなっていた。 そういえばそういった行為はごくふつうに世の男性諸氏はおこなっている。 そして 夜が来て、街に繰り出していく。あなたは仕事で私に会えないという。 優しさはい痛いほどわかるのに、 あなたのこと信じられないというより、 失望したくないというより、これ以上傷つくのに耐えられない私がいる。 あなたはすぐそばにいるのに、私に会いにこない。 会いに来なければ私が行くのを知っているから。 あなたの部屋でBEDROOMに連れて行かれるのを待っている私がいる。 物欲しげな女、いやな私。 12年のボトルを掴んで、私を抱き上げて、酔ったあなたはあのBEDに私を運ぶ。 求めて求めて 与えられずに 与えて与えて 求められるまま 与えて与えて だれもきみのためにそれをしない 愛しているという言葉の持つ欺瞞に僕達は辟易していた ただ僕は疲れ果てていて あなたの優しさを愛と感じて それを君は気のせいだと あなたの心を奪うものすべてが、あなたを傷つけていく その時間の重さが僕達の軽さの真実を、 やはり人生は軽いものだから、 真実めいた重厚な人格は虚偽の匂いがして、あなたのどこが好きかと聞かれて あなたの目に見える傷を、彼らは跪いてあなたへの忠誠として嘗め回すけれど、 私があなたの心を撫ぜている時間を、 そして私を失うことが怖くて、真実に目をそらしていく時間に。 あなたの心を虜にした男達がつけた傷をひとつひとつ撫ぜて、 やはりふたりはひとりで癒せない傷を、 孤独な二匹の野良猫のように、 それらの傷を舐めあって、 こころから愛し合う時間のゆっくりとした流れを眺めている。 だからあいつのところには行かないで、彼にあったこと悔やまないで、 いまのあなたが好き 「愛?」 「そこになくて」 「そこにある」 「あなたがいないとわたしはだめになる」 アップルタイザーは嫌いといった。 ネールの具合がよくないのか、彼女はしきりと指先を触り続けた。 彼女に任せているさまざまな雑事が火を噴いていた。 連絡が取れないときは、心配でなく不安になった。 私は彼女のカルトで暮らしているように見えたが必ずしもそうではない。 薬物で散らすしかなかった。風邪のような気だるさが、二人を囲んでいた。 彼女は心を閉じてしまった、 すべてに対して。 彼女の心は開かない、二度と。 愛を信じない体になった。 男は消耗品の使い捨てだ。DISPOSALレンズのように新しいPACKAGEを開けて、使いかけの男をダストボックスに放り投げた。未練はささくれだった指先の生皮のように、雨の夜をひとり傘もささずに歩いた。 19年間で彼女にプロポーズした男は10人、二十歳になった夜、タカハシにキスされた。そして、今夜はタカハシは知らない女達と飲み歩いている。彼女は銀座のバイトで、しらない社用族のドンペリを舐めてみる。 彼女の少女の面影が、女性の美しさの輝きに薄れる瞬間、フォアグラをフォークに刺して、匂いを嗅ぐ彼女のエクスタシ。 タクシーのバックシートで、彼女の屈み込んだジーンズの背後から覘いた美しい背中と愛らしい下着の清楚な印象。 すべて禁断の、そういったマチュアな時間の、ためらいや、うごめく欲望の視線を、垣間見る大人の時間。 彼女はシャンパンのグラスの向こうの、落ちていく西日に照らされた東京の夕暮れに、この人が父親だったなら、私の毎日はどんなものなのだろうと、ふと考えてみた。彼と父の共通したところ、ぜったいに抱かれることが無い関係において。 それだけの関係性において、訳も無い、無意味なコネクションが終わる。それは深夜の脅迫電話で、曖昧な強気な気分が世渡りの強さを感じた。 人は強気になり、弱気をくじく、そういった喪失の覚悟さえ、折れていく純粋なもので、そういった腹黒い打算の様式美は、やはり初めて見た数年前の印象に差はなかった。 その無関心な視線は、そのままだった。彼女は無関心であるだけでなく、関係性において、うすいベールの皮膜越しに、なにかを覗き込んでいる。 所詮愛された深さだけしか、愛することはできない。 深く愛された人は、不幸になる、 そのように愛しても、そのように愛されることはないから。 「あなたはいらないわ」 彼女は気分で人を殺す。 君は永い不倫にいて、別れてくれないその男の、 誠実な家庭を大切にするまともさの変化に、 君が癒した男が、今度は君を癒すべき時間に、家庭を顧みることに、 裏切りを感じていた。 そんなときに私に会ってしまった。 ある長すぎた夏の、夜明け前から朝にかけて、私たちは電話で話をした。 その時間BEDで横になり、睡魔のせいだと感じていたが、 彼女の人を愛せなくなっている状態の、 すくなくとも私を愛していないことを誠実に伝えようとする姿勢は 好ましい印象を受けたし、そんな夜明け前の時間に彼女が電話をしたことも、 日常性を逸脱した気まぐれなのかなと感じていた。 その電話で彼女は彼に会いに行くことを諦めた。 すぐにでも会いたくてそばにいてほしいという気持ちが、彼から伝わって来なかった。 受け入れていなかったのは、彼女でなく、私だった。 結局、酔った中年男が、夜明け前の寂寥とした時間に、 その体を必要としながら、耐えているというより、 だれか代わりの体を求めている自分に吐き気がしていたのだった。 そのセルロイドの人形は、 冷たい海に流れて、 浮いたり沈んだりしながら、 夜明けが始まりかけた東京湾に、 浅い眠りを貪っている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jun 17, 2007 11:04:34 AM
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