カテゴリ:だから
僕はどちらかというと、愛していた女のことは、終わってしまえば、なにごともなかったような、その前世ののような、無論それはありえないが、その愛の中で結果的に、自己否定のような、惨いののしりのあとで、顔もみたくないほどになってしまうのは、愛しすぎていた、あるいは自己投影した幻をみていたのだろうか。 そしてそれらの色恋沙汰は、まるで他人事のように作品になった。結果的にその行為は、僕の中でバランスを維持するための、自己弁護な恋のレクイエムだが、なぜこんな話を持ち出したかというと、彼女たちの喫煙の習慣のない場合、僕は14Fのマンションのベランダにリーボックのダウンベンチコートを着て、東京湾を眺めながら、喫煙をした。それは愛だった筈だ。 しかし、キスの不愉快なタバコの匂いは、その惨い眺めのなかで、いやおうなく叱責の対象になった。 「自分に弱いのよ」 そういった彼女の嗜好は、エルメスの衝動買いだった。僕ははらはらして渋谷西武や、銀座のエルメスビルのなかで、たじろぐ。愛は買い物で最終的に評価される。 「わたし、明日誕生日なの」 忽然と彼女は言う。 「いくつ」 「二十歳」 「じゃどこかにいこうか」 「ビトンのかばんがほしい」 「渋谷だね」 結局そういったおねだりが愛情の確信にみちた、あでやかで、あいらしい、乙女のある側面であったのかもしれないし、彼女たちの父親が果たせなかったそういった、ぎりぎりの愛の誠意というものを、僕がかわりに果たしているのか。 結局ニューオータニに彼女のほしかったそれはあった。僕たちは赤プリで晩御飯にすることにして、見附をあがったところの横断歩道で、初めてのチュをされた。 「ありがとう、ずっとほしかったの」 たぶん中学生のころからそうだったのかもしれない。 僕たちは西日を避けて夕暮れのはじまっている四谷方面をぼんやり眺めながら、レストランから取り寄せたシャンパンを飲んでいた。 「今夜ね父が帰ってくるの」 「どこから?」 「シンガポール」 彼女の父親はビクターの工場ではたらいているらしい。 「だからね。晩御飯、父たちとするの」 「そう」 僕はべつになにも意図しなかったけれども、その夜に、自由が丘でしたたか酔った。田園調布のマンションに帰り、ベッドサイドにポケットのなかのものを出すと、LVの領収の小さな封筒がでてきた。そこに彼女の顧客登録したLVの顧客様カードのなかに、彼女の僕のしらない彼女の住所のコピーが出てきた。 僕はめまいがしたが、まあ今時分彼女がどこでなにをしているのか想いを巡らして見たが、なんとはなく、いたいたしい感じの横浜郊外の質素なお誕生会を想像したが、うまく浮かべなかった。 しかしもう彼女の長い足の千鳥格子の芦田淳風なミニスカートだけは覚えているが、自由が丘であっても、顔さえ思い出さないかもしれない。 ああ、そんなことを思い出してしまった。 彼女のその唇の感触を、20歳のKISSは、そういった一過性の恋の連続で、やがてだれも彼女をさそわない年頃になってしまうのだろうか。 彼女の部屋のLVの薄汚れたクローゼットにほうりだされているような、そのイメージが僕のなかにくすぶっている。 そういったあいまいな愛の形は僕の記憶のなかで、その残骸をきらきらさせながら、僕はやがて女の子になにもかってあげない人になった、それが、愛の誠意のように思えた、僕の詩は、そういった惨い凄惨な悲惨な、恋のレクイエムなのだった。おそらくそんなものとっくに灰皿の灰になっているだろうけれど、やがて僕の詩集が本屋にならべば、僕をえらばなかったことを、彼女たちは一生の不覚と思うかもしれないが、それらは彼女たちとお別れしなければかけなかったものなのかもしれない。 いったい何万冊本が売れればその元が取れるのかと思うと、憂鬱になって、リーボックをもってベランダにいこうとすると、エルメスが、 「また吸うの?」と怒った顔をしてソファから睨んでいる。 ああ、またやってしまうのかと想いながら 「あしたは、お買い物よ」 と彼女は僕の保護者のような口をきいた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jun 17, 2007 11:17:03 AM
コメント(0) | コメントを書く |
|