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京都に高層ビルは似つかわしくない。そこは和室の小部屋で、鴨川の暮れなずむ風景に、白鷺がまどろんでいる眺めを、彼女の横顔の向こうに眺めながら、三 寸を前にして、やはり日本酒の冷えたグラスも、切子のガラスで、まちがっても銀座のように発泡ワインなどそこに似つかわしくない。 かの女は、着物をきない京女で、くつろぐ様子は、シルクのドレスの畳に広がりを見せている。 ふたりこの部屋で長い時間をかけた食事をする。 そこにいけばどこに行くわけでもない。 南座の歌舞伎がはねて、ふらふらと先斗町をながして、いつものこの料理屋にたどりつくと、ふたりその会席を、無口に楽しむだけだった。 彩のない部屋の、夜の気配に、ましてその様相の場違いな印象の、その女の、艶やかな黒髪や、すきとおる肌のきめ細やかな、その部屋の行灯のぼんやりとし た光線にさらされている、この世のものとも思えないうつくしい風情で、さきほどから箸をその小鳥のような口元に運んでいる、その横顔を眺めていた。 「舞妓はん、よんではるんでしょ」 「いや」 「そ、うちみたかったけど」 男は襖の向こう側のひんやりとした踊り場の金屏風の、その舞妓たちのあでやかな舞を、思いうかべていると、どこからともなく、三味の音が流れてきた。 「松の緑だねえ」 「待つの?」 「そうだね」 仲居が二の膳を運んでくる気配に、かの女は、くずした足を元の正座に戻した。 静かに夜ながれている、それは永遠のような印象を受けた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jun 23, 2007 09:54:58 AM
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