カテゴリ:妊娠&出産
※日付は相変わらずズレてますが 出来るだけ過去に遡った日付ということで・・・^^;
退院後の日記
2/28~ 車で数分の実家へ。 久々の外の空気。 初めて赤ちゃんを外に出す。 これから赤ちゃんのことは何でも初めて尽くし やっぱり実家は過ごしやすい。 鍼灸師の弟が浮腫みに効く食材を調べてくれていた。 煮小豆が効くらしいということで 毎日煮小豆を少しずつ食べるようにした。 食事も弟から洋食はダメ(もちろんケーキなどのお菓子も)と言われ 野菜・魚中心の和食にしてもらう。 美味しい 味覚がもどってきたのか? 慣れ親しんだ母の味だからか? 不思議なことに 食べなくてもあまり体重の減らなかった入院中とは違い 食べているのに体重もみるみる落ちた。 浮腫みの原因は水分だったのだろう。 体重と共に足の浮腫みもすぐになくなった。 これには家族はもちろん助産師さん達もビックリ! 心配していた肝臓の数値も産後すぐに元の数値にもどりました。
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そしてあの地震の日。 実家で赤ちゃんと二人。 泣いたのでそろそろ授乳かな・・・と抱き上げてまもなく あの大地震がやってきた。 幸い実家・義実家ともすぐに連絡が取れ、全員の無事が確認できた。 でもその後の計画停電にはちょっと困った。 産まれてまもない赤ちゃんなので3時間毎の授乳。 まだ3月。寒いのでお布団から出すのがかわいそうだった。 夜や1日に2度停電したときはちょっと辛かったなぁ。 実家のエリアは5回くらい。後でわかったことだけれど、市内で一番計画停電が行われていたエリアだった。 産院も同じ計画停電のエリアだったので大変そうだった。 当初予定した帝王切開日だと まさにあの3月11日の地震直前に帝王切開していたことになる。 予定よりずっと早く産まれてきてくれたことに感謝する。 別の病院だけれど、出産日が私と近く、同じく逆子で3月9日に帝王切開した友達がいました。 大きな総合病院なので大丈夫だろうと思っていたら、まさかの建物老朽化で一部壊れたり断水したり なんと地震の翌日に強制的に退院させられてしまい、何も教わっていないのに・・・と泣いていてかわいそうだった。
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逆子で乳頭ケアが出来なかった上に 予定より1ヶ月早い早産で帝王切開だったため 母乳がほとんど出なかった。 このままだと完全にミルクになってしまうかも。 母は体調の悪い私を気遣って 無理せずミルクでも良いんじゃない?と。 完母にこだわっているわけではなかったけれど 少しでも母乳を飲ませてあげられたら・・・ そう思ってダメもとで 産院に案内がおいてあった 出張母乳マッサージをお願いしてみる。 来てくれたのは 80歳を過ぎたおばあさん。 でも白衣を着るととてもキリッとしている。 きっとダメだと言われてしまうと思った。 (産院の助産師さんたちにはそう言われてたし、専門家にそう言われたらあきらめもつくと思って) でもその人はこういった。 「大丈夫よ!」 励まされて涙が出た。 胸のマッサージはもちろんだけれど 大事なのは赤ちゃんの抱き方、ちょっとした角度の問題らしい。 とても良い人で その後も 「近所だから」とご好意で3回もきてくれた。 3時間毎の授乳は 体力の戻らない私には辛かったけれど しかも両乳首に血豆ができて3ヶ月近くまでずーーっと痛かった^^;
そのおかげで 思っていた以上に母乳が出るようになりました。 今はもう4ヶ月。 相変わらずミルクと混合だけれど 今ではミルクはピーク時の半分以下になりました。
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つい最近まで 昼夜逆転で昼間寝て夜寝ない日が多く 寝不足で毎日フラフラしていましたが 数日前から 急に昼夜の区別がつくようになったのか 夜もしっかり眠るようになってくれました。
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前回の入院中の日記では 産後の肥立ちの悪さに ご心配をおかけしました。
まだまだ慣れない育児に 毎日あっという間ですが おかげさまで 私は元気です
また少し遡った日記を書きますが これからはまた従来の日記に戻りたいと思います
のんびりペースですが これからもよろしくお願いします お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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