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カテゴリ:政治経済
リソゾームは真核生物の細胞小器官の一つを言うんだと。
生命活動概念の、その生活範囲を特定するためのものとして特定された概念。 エンドゾームも、生命概念の範囲での概念である。 こちらは、運搬を担うものらしい。 それらとは別に、生命諸活動のメッセンジャーの役割に注目して、それを担わせたのがエクソゾームという概念だ。 メッセンジャーというのは、あくまで見出した観察側の理念によるものであって。 生命がメッセージで訴えかけてるという意味ではない。 ぜんぶ生命活動観察上の、合目的企画再現的な考え方だ。 現実にそれがある、というわけではない。 科学技術上の考え方。 いわばライフにひつようなもんとして、こう考えれば。 生命活動のメカニズムが説明可能に成り立つんでは、というだけの話。 コロナ騒ぎで、優生学や防疫関係者が大儲けするなか、 ウイルスの定義がいつのまにか変節させられている。 ウイルスが生命体みたいになってきているのだ。 これが言いたい中身。 説明のための概念に、人為の儲け話が入り込み。 防疫グループが金儲けに利用してるエクソゾームを、ウイルスだと言い始めているようなのだ。 一部の人だけの傾向だろうが、どうも怪しい。 ウイルスは、もとの定義では、絶対に生命体ではない。 自分の生きるために活動するもの、ではないからだ。 なのに、いつのまにか、細菌や真菌などと類似の、生命モノ、になりかけている。 星の影響が、ウイルスという原因物となったメカニズムと類似している。 ウイルスが拡散する、という宣伝したいばっかりに。 「他の個体へ感染させ続けることが生き残るための必須条件だ」、などと言っている。 これは、ウイルスに命を認めているわけで。 まったくもって、おかしいのである。 しかも専門家が堂々と言ってカネにしている。 エクソソームも、これは生命の機能を「説明するためのもの」である。 生命体からのメッセージと「みなした人為表現」であって。 ウイルス体、そのものをいうのではない。 エンドゾームやリソゾームは確かに生命概念の範囲からのものだ。 が、エクソぞームには、その概念は、ないはず。 エクソシストの発散させるプラズマみたいなもんだからだ。 専門家として稼ぐ人々の、自己都合の人為辞書に振り回されるべきではない。 オイラも稼ぎたいが、結局振り回されて一生終わリソーム。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022年01月22日 15時52分40秒
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