初期の王国での大事件を語らねばなるまい。
それは、小アジアから長駆してのバビロンへの大遠征だった。
当時すでに、アッシリア地域は小王国だったのに、そこを超えての大遠征。
スバル人の女奴隷も、アッシリアの奴隷兵士もすでにいただろうが。
なぜか無視。
取引はあったはずだ。
未だアッシリアは弱小国家の時代。
当時からハッチでは奴隷制度を持つアッシリア人が嫌いで、都市への立ち入り商売は許可せず。
だったようだが、商人の商売は認めていたようで。
特定地域に、カールムという出島みたいな商館を構えさせて対応していた。
種族や風習は嫌いでも、ついでに討取ったりはしないのである。
北西の、力のある蛮族ガシュガシュとは常に戦争してた。
このころのハッチも、まだまだ小国。
アッシリアの彼方にある大国バビロンは、しかし彼らの通商路に立ち塞がる、目の上のタンコブだった。
過去にシュメール系の王朝が平定したにも関わらず、現地は再度山賊の手に堕ちていて、仲間内の通商を妨げていた。
南西部の遥か遠方にあるシュメール地域からの、食料の供給路がヤバかったのだろうか。
国の存亡をかけても討取るべき存在だったのだ。
彼らは遠く離れたザグロス山中の、カーシ(カッシュ、あるいはカッシート)人ともツーカーだったらしくて。
連絡を取り合って、合同軍出兵となり。
二方向から一丸となって、当時の世界最強国家バビロンを襲い、あっさり戦勝。
ハッチ軍は、現地から囚われの神々を救出して小アジアに帰還。
カッシート軍は、バビロンに居座って。
跡地の支配経営種族となった。
両者の本当の狙いはたぶん、バビロンがため込んでいた食料であったのだろう。
アッシリアも、このハッチ軍の通過を黙認している。