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カテゴリ:医療
患者側の意に背いた医療行為を行えば、今の時代では、結果が悪ければ責任を問われるのは仕方がないのだろう。たとえ医療者側の意見が正しくても、それを受け入れるかどうかは患者側の権利なのだ。もちろん結果責任は患者側が取ると言うことが前提だが。 医療過誤:2500万円賠償命令 入院の76歳死亡----地裁小倉 実を言うと、この記事を読むと何かおかしい感じを受ける。肺塞栓症という、結構危険な状態の患者を、総合病院から個人病院に転院させたのはどうしてだろう。転院先のあさひ松本病院の目的は次のように書かれている。 私達の病院の目標の第一歩は先ず「プライマリー・ケア」です。 総合病院に患者を転送することはあっても、重症患者を総合病院から引き受ける病院じゃなさそうなのだが、どうしてこのようなことになったのか疑問だ。どのような病態にどのような治療をしたのか不明なので、医療行為の妥当性については触れない。でも、患者側が拒否していた治療を強行したのが事実なら、民事での敗訴は仕方がないかも知れない。健康な人が過失によって亡くなったわけではなく、死亡も考えられる病気の患者が、治療の副作用で亡くなったのであれば、賠償額はもっと少なくなるはずだという思いはあるが。 遺族は刑事事件としての立件も求めているようだが、それには反対だ。肺塞栓症は死ぬ可能性も十分にある病態だ。治療には危険もあるが、それを承知の上で、やらないよりはやった方がメリットが大きいと考えて行うのだ。あくまで確率的にその方が良いという判断で行うのだ。当然悪い結果になることもある。それなのに、結果が悪ければ刑事罰というのでは、重症患者を治療することは出来なくなる。 当事者は感情的になっているから無理だろうが、新聞を読んでいる読者には是非理解して欲しい。元々の病気や怪我から患者を救うために、ある程度の危険があることを承知の上で、医療というものは行われるのだ。その危険を背負う覚悟がないなら、はじめから医療を受けないで欲しい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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