ロハス・メディカル・ブログの
福島県立大野病院事件第七回公判(1)を見ると、権力が他人の不幸を何とも思っていないことがよく分かる。でも、これは序の口なのだそうだ。このエントリのシリーズは現在(4)まで発表されているが、未だに検察の本当の恐ろしさは明らかにされていない。
以下は(1)からの引用である。
弁護人 逮捕拘留されたのはいつですか。
加藤医師 昨年2月18日です。
弁護人 検察に送致されたのは翌日ですか。
加藤医師 はい。
弁護人 起訴されるまで21日間拘留されたのですか。
加藤医師 はい。
弁護人 当時、何人ぐらいの患者さんを担当していましたか。
加藤医師 10人くらいです。
弁護人 手術の予定はありましたか。
加藤医師 はい。3月はじめに入っていました。
弁護人 外来では何人の患者を診察していましたか。
加藤医師 日に20人から30人くらいだと思います。
弁護人 逮捕拘留されて引き継ぎはできましたか。
加藤医師 いえ、突然の逮捕でしたし、接見も認められなかったので。
弁護人 患者さんが気がかりではありませんでしたか。
加藤医師 はい、気がかりでした。
弁護人 早く拘留を解かれたいと思いましたか。
加藤医師 はい思いました。
弁護人 解かれたかった理由は何ですか。
加藤医師 患者さんの診療をしなければと思いました。
弁護人 お子さんはいらっしゃいますか。
加藤医師 はい、一人おります。
弁護人 お子さんの誕生日はいつですか。
加藤医師 昨年の2月25日です。
弁護人 逮捕拘留された時、奥さんは妊娠何週でしたか。
加藤医師 〓(聞き取れず)週で、いつ生まれてもおかしくない状況でした。
弁護人 予定日はいつでしたか。
加藤医師 2月22日です。
弁護人 誰が赤ちゃんをとり上げる予定でしたか。
加藤医師 私がとりあげる予定でした。
弁護人 お子さんが生まれたと聞いて、どんな気持ちになりましたか。
加藤医師 嬉しかったんですけれども、とりあげることも会うこともできず悔しい感じがしました。
弁護人 早く会いたかったのではありませんか。
加藤医師 はい、早く会いたかったです。
強制調査に着手する時期を
第一子出産の時期と重ね、精神的に揺さぶろうとしたのでないか
そんな疑念を抱かせる弁護側の先制パンチである。
そして、この後の公判の展開を経験した身からすると
その時期を狙ったに違いないと確信する。
敵の最も嫌がることをするのが戦いのセオリーとはいえ
「処罰してやる」という強烈な意思を感じ
そして、巻き添えを食う人がいても知ったことではないという態度に
国家権力の傲慢さも感じ、背筋の凍る思いがする。
これを読むと、検察が目指しているのは、実際に犯罪が行われたかどうかを明らかにすることではなく、犯罪を認めさせることだと言うことがよく分かる。出産を控えた臨月の妻を人質に取り、主治医を失ってうろたえる患者を人質にとって自白を迫る。江戸時代の拷問と何が違うのだろう。
ロハス・メディカル・ブログの記事は相当長い。でも読むだけの価値はある。是非読んで欲しい。