遭難者を放置すれば死が避けられません。だからこそ過酷な状況の中、命を張って救助に向かったのに、結果が悪かったからと言って訴訟沙汰になれば現場の士気は保てないでしょう。
積丹岳遭難 遺族が道に賠償請求
2009年09月11日 asahi.com
■滑落死「救助法に謝り」
後志支庁積丹町の積丹岳(1255メートル)で今年2月、スノーボードをしていて遭難した札幌市の会社員男性(当時38)が道警の救助用ソリにいったん収容されながら、ソリが滑落して死亡した事故をめぐり、男性の両親は11日、道を相手取り約8600万円の損害賠償を求める国家賠償請求訴訟を札幌地裁に起こす。道警が救助方法を誤らなければ、男性の命は助かったと主張している。
(霜田紗苗)
訴状などによると、男性は今年1月31日、スノーボードをするために友人2人と積丹岳に入った。友人は靴擦れが起きて山腹の休憩所で待機、男性は1人で山頂を目指した。その後「登頂したが、視界不良なので野営する」という無線連絡が男性から入り、友人が110番通報。道警はヘリコプターで捜したが、男性を見つけられなかった。
道警は2月1日、救助隊員5人が雪上車で現場近くに行って捜索したところ、雪洞を掘って一晩を明かした男性を発見。男性と歩き始めたが、雪庇(せっぴ)を踏み抜き滑落した。
救助隊は約200メートル下に滑落した男性をソリに収容。2人が上からロープで、1人が下から支えて引き上げていたが、隊員の1人が疲労で作業が困難となった。尾根で待機中の隊員と交代するため、太さ3~5センチのハイマツにソリのロープを結び、全員が離れた時に重みで木が折れて再び滑落した。男性は翌2日に発見されたが、病院で凍死が確認されたという。
両親は、救助でソリを木に結びつける時には、複数の支点を作り確実に固定すべきなのに、救助隊は万全の措置を怠った、などとしている。両親は「息子の死を無駄にしないため、今回の救助方法を裁判で検証し、同じような不幸が繰り返されないようにしてほしい」と話している。
事故当時、道警は朝日新聞の取材に、現場は約40度の急斜面で、吹雪のため視界は約5メートルしかなく、風速約20メートル、気温は零下20度だった、などと説明している。
(誤字も原文のまま)
記事によれば、かなり過酷な条件であったと思われます。
このブログの当時の記事を見ると、雪庇を踏み抜いたときには救助隊員3名も一緒に滑落したようです。
まさに二重遭難の危機だったわけです。
スノーボードで遭難したのは自己責任ですが、助ける方はあくまで(仕事とはいえ)善意です。放置すれば死ぬから、助かる可能性にかけて救助に出かけたのでしょう。絶対に救助できるという保証はなかったはずです。必ず助けられるようなら、そもそも遭難なんかしません。
過酷な条件の中、人命を救いたい一心で、自らの命を危険にさらしてまで頑張った救助隊には、たとえ救助が成功しなくても、感謝で応えるのが筋ではないでしょうか。いつから他人が自分のために犠牲的奉仕をすることが当然だという風潮が出来たのでしょう。