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カテゴリ:変則書評:『ローマ人の物語』
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塩野七生著『ローマ人の物語』(29) 終わりの始まり(上)(新潮文庫) 読破ゲージ: ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ *********************************************************** 五賢帝最後を飾るは哲人皇帝マルクス・アウレリウス。『自省録』の著者。「慈悲深き」アントニヌスの23年の治世は史上最も幸福な時代。皇帝の養子になったマルクスは、若年より政治の要職を歴任(身内贔屓な特例の数々に元老院が目を瞑ったのも、アントニヌスの賢帝ぶりゆえだったのだ)するが、平和な時代に前線での過酷な軍務経験などは積むチャンスがなかった。義父もまた、この子を傍に置いて離さなかったのだ。学問好き、誠実、強い責任感、素直、家庭第一、模範たろうとする自覚、恩人への深い敬愛、人を押しのけ陥れてまでのし上がろうとするタイプでは断じてないこの貴公子の、欠点と言えばハドリアヌス的な危機意識との乖離。ともにアントニヌスの養子となったアエリウス・カエサルの子、弟・ルキウスへの公平な振る舞いは、アントニヌスの死によって皇帝即位した際には、兄弟して二人の皇帝という史上例のない形で発現。これは、先を見越したハドリアヌスも、リリーフをしたつもりのアントニヌスも草葉の陰で予想外。理想主義の皇帝の理想は、やや起動を逸れる。最低限の強要とキャリアは持ち、おまけに性格もいい。ルックスとなるとこれまた上々の独身皇帝ルキウス、三十路にして日陰の身から日の当たる場所へ、羽根も伸ばした。輝かしくスタートした仲良きことは良きことかな、兄弟皇帝の治世も、飢饉・テヴェレ河氾濫による洪水の洗礼。未決のうちに、オリエントが不穏。パルティア軍がシリア属州アルメニアに侵攻。一個軍団壊滅、「防衛線」に異常あり。マルクス、皇帝ルキウスを出陣させる。マルクスと同じく属州経験も軍務経験もないルキウス、事の重大さに今ひとつ鈍感。港、港で歓待を受けながら、皇帝になってよかった…と思ったかどうか、目的地アンティオキアにたどり着くのに1年以上。以後、パルティア戦役は5年におよぶ。ルキウスの偉かった点は、前線のベテラン将軍たちの戦術戦略に口出ししなかったことのみ。戦役第2、第3フェイズは、クラウディウス・フロント、アヴィディウス・カシウスら名将の活躍でクローズ。揺らぎかけたオリエントの諸王らの心は、ふたたびローマへの服従に落ち着いた。しかし、パルティアの置き土産、ペスティレンティア=ペストの被害は痛かった。ラインとドナウの防衛線を襲うこの黒い病に、防衛力減退、北方の蛮族が牙を剥く。一方では、重苦しいムード一掃のための皇帝主催の祭儀への参加を拒否した、ローマ人のいう「ア・テオ(無信仰者、後に無神論者)」たるキリスト教徒への反発感情が高まる。北方問題解決のため、今度はマルクス、ルキウス両皇帝がゲルマニクス戦役へと出陣。せめては属州民と同じ立場になりたい蛮族の首長たちに対して、「帝国に益なき人々は受け入れない」アントニヌス・ピウス治世最後の年のスタンスが、いわば時代の変化の予兆だった。当時断られた北方の首長、あるいはキリスト教徒。帝国もまた変わっていたのだ。が、皇帝二人の出陣に怖れをなした蛮族、手出しができない。その間、マルクスはドナウの防衛線を視察し、はじめて生の前線を肌身に感じる。一方、首都に戻る予定のルキウス、ローマから100キロの地点で脳溢血、39歳でこの世を去る。二人の皇帝による共同統治の夢は、ルキウスの無協力のまま、成果なく8年で閉幕。ルキウスの未亡人、マルクスの娘・ルチッラの再婚相手、誠実無比なる武人・ポンペイアヌスは、身分違いに苦しんだものの、後にマルクスの軍務経験不足を補う大活躍。あるいは、相談相手として。ところでマルクス、23年の結婚生活で14人の子を成したが、妻・ファウスティーナもまた良妻だった。が、賢母ではなかった。つまり子・コモドゥスの悪評のゆえに。独ぼっちの皇帝マルクス、ドナウを越えたダキアの地での判断ミスで歴戦の強者、クラウディウス・フロントを失う。その隙を突いて、ゲルマン二部族、リメス(防衛線であり安全保障関係そのもの)を270年ぶりに破る。安全と信じたおよそ300年、帝国内は不安に陥る。ここにきて、ハドリアヌス以来半世紀ぶりに、ドナウ河の防衛体制が強化されることに。(了) ローマ人の物語(29) ■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009/01/13 03:13:34 PM
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