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カテゴリ:日々のこと
2年前のことです。
娘が2歳のころでした。 彼女をバギーに乗せて、駅前のスーパーで夕食の食材を選んでいました。 まだ夕方というには早く、店はすいていました。 会計を済まそうとレジに向かった時、見知らぬ女性に声をかけられました。 「娘さん、みつあみですよね」 30代半ばくらいのどちらかというと地味な顔立ちで地味な落ち着いた服装の女性でした。 そのころ娘の髪は肩くらいで、たまたまその日は普段やらないみつあみをしていました。 「はあ」 私は肯定とも疑問ともつかぬ曖昧な返事をしました。 するとその女性は、 「みつあみ、かわいいですね。ちょっと触らせてくださいませんか?」 とにこやかに言うのです。 小さな娘と街で買い物をしていれば、年配の女性には声をかけられることは結構ありました。 だから、同じようものかと思いつつ、こんな申し出受けたのは初めてだったので、戸惑いながらも曖昧に頷いたのです。 すると、彼女は体を屈めて、いきなり娘のみつあみの束をぐっと掴み、娘に向かって言いました。 「みつあみかわいいわね。みつあみって、言ってごらん」 娘はきょとんとして、彼女を見るばかり。 私も娘をフォローしようと 「この子、ちょっと言葉が遅いから、ごめんなさいね」 と言ったんですけど、彼女は娘の髪をつかんだまま離しません。 「みつあみよ、みつあみ。言ってごらんなさい」 彼女の口調は穏やかで口元も笑みを浮かべているのですが、よく見ると目が全然笑っていないのです。 「みつあみ、みつあみ言えないの?」 娘は完全に拒絶の表情で口をつぐんだまま、彼女から逃れたいのだけど、バギーに乗っているし、髪を掴まれているしで、どうにもなりません。 私もこれは尋常なことじゃないと思いなおし、 「ごめんなさい、この子言えないので、もう行きますね」 できるだけにこやかに言って、そっとバギーを動かして、彼女に手を離すよう促しました。 彼女は黙って、手を離してくれました。 そして私は後ろも顧みずに、その場から急いで立ち退きました。 彼女から離れてから、一体なんだったんだろうという疑問がわきました。 彼女とは絶対初対面だった。 ただの嫌がらせだったのだろうか。 私たち親子に何か嫌悪を抱くようなものがあったのだろうか。 わかるわけもありません。 ちょっとイヤな気分だけがその日1日もやもやと残りました。 しばらくの間、スーパーに行くたびに、彼女に会いやしないかと緊張してましたが、会うこともありません。 たとえ、すれ違ってたとしても少なくても声をかけられることはありませんでした。 印象の薄い人だったので、顔はすぐに忘れてしまいました。 そして、そんなことあったこと自体忘れてしまいました。 そして、今日記憶が呼び起こされたのです。 今日は1日雨が降り、歩いて娘の幼稚園に迎えに行き、2人並んで傘をさして帰途につきました。 そしてマンションの入り口前に辿りついたところで、突然声をかけられたのです。 「娘さん、みつあみですよね」 あれ、こんなことが前にあった――! 私の脳みそは過去の記憶を引っ張り出すべく、活動を始めました。 そして、声のする方に振り向くと、地味な顔立ちの30代半ばくらいの女性。 記憶にある顔ではありません。 「みつあみですよね」 とたたみ掛けるように問われ、娘を見るとレインコートのフードからみつあみの束がのぞいていました。 月曜日は幼稚園で体操のカリキュラムがあるので、動きやすいように長い髪をみつあみにしていたのです。 「みつあみ……ですね…」 私は慎重に答えました。 「みつあみ、かわいいですね。触ってもいいですか?」 この展開は、まさしくかつて経験してる――! 「ええっと」 「いいですよね」 「はあ……その……」 彼女は娘の髪を掴み(やはり同じ展開!)、にこやかな声で言いました。 「みつあみかわいいわね。みつあみって、言ってごらん」 ひゃーっ、これは既視感じゃなくて、実際に体験したことだ―――っ。 さすがに4歳になっている娘は、びびりながらも消え入りそうな小声で「みつあみ」と答えました。 彼女には聞こえなかったのか、 「みつあみ、言って。みつあみ、言えるでしょ」 としつこく迫るから、娘はへそ曲げて黙り込み、 「みつあみ言えないの」という問いにも首を振るばかりになってしまいました。 私も、溜息を付きながら、 「もういいですよね。行きます」 と住んでるところがばれちゃうのは困りもんだなと思いながらも、マンションの中に逃げ入りました。 結局なんだったのか。 やはり2年前と同一人物だったのか。 たぶん、私たちが2年前にスーパーで声かけた親子だとわかってたとは思えません。 私も髪型が変わったし、帽子もかぶっていたし、なにしろ傘もさしていました。 娘も全身真っ赤なレインコートに覆われていたし。 やはり、ポイントはみつあみなのか。 たまたま彼女の目の前にみつあみの子供が通りかかったから、声をかけずにいられなかったのか。 わかるはずもありません。 たぶん、明日彼女とすれ違ってもきっと気付くことはできないくらい、印象は薄かった。 あまりにも記憶に残らないくらいの彼女の普通さがかえって気味が悪いです。 とにかく、しばらくは娘の髪をみつあみにするのはやめようとおもった次第です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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