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カテゴリ:幼かった頃
夫の仲間が、ある時、妻と一緒に集まろうという企画をした。
皆、相当の年齢になっていたから、ちょっと良い温泉宿に集合。 宴もたけなわになって、カラオケに移行。すると、軍歌が出た。 やたらに、いきり立って軍歌の大合唱。旅館の人々に、右翼の集団と 勘違いされるんじゃないかしら?と、心配になるほどだ。 皆、世の中の為にとひたすらボランティアをしたりする平和人なのに、 戦中に中学生だったから、歌と言えば、軍歌しかなかった。 しかたがないのだ。 実は、何故か私はほとんどの軍歌が歌える。 開戦のころ生まれたから、本当は赤ちゃんで、何も知らないはずだし、 両親も周りも穏やかな、平和人のかたまりのような連中、 そんな環境に囲まれて育ったのに、 何故か軍歌が頭に自然に住み着いている。 その日歌った20くらいの軍歌は、全部歌えた。 特に、母が絵本をみながら、歌ってくれた「広瀬中佐」の歌は 絵本の絵を鮮明に覚えている。 広瀬中佐が船内を「杉野=!杉野=!」と探している挿絵。 そして、流れ弾が、広瀬中佐を貫いたときの劇的なくだり。 軍艦の周りの海に、爆弾が落ちている様相。 暗い空に戦闘機が飛び交っている図。 そして、母が震えるような、哀しい声で歌う旋律。 ♪轟く筒音 飛び来る弾丸 荒波洗うデッキの上で 闇を貫く中佐の叫び 杉野はいずこ 杉野はいずや♪ ♪船内くまなくたずねる三度 呼べどこたえず探せど見えず 船はしだいに波間に沈み 敵弾いよいよあたりにしげし♪ ♪今はとボートに移れる中佐 飛び来る弾にたちまち失せて♪ りょじゅんこうがい恨みぞ深し 軍神広瀬とその名残れど♪ 戦争の悲惨を思って、 母にもたれて泣いた幼かったあの頃のこと。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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