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領事の手記
「パリで巡り会った親子の人生模様」 2006年5月 ここはパリの病院の緊急集中治療室。フランス人医師が少年に話し掛ける。「君はフランスの小学校に通っている立派な日本の男の子だ。フランス語は分かるね。これから話すことをよく聞きなさい。お母さんは今静かに眠っている。君のことを夢に見ているかも知れない。でももう目を覚まさない。深い永遠の眠りの中にいて君とはもう話せない。あと数時間でお母さんは冷たくなってしまう。お母さんに最後の挨拶をしなさい」。 そう言って少年の手を、昏睡状態の母の腕に触れさせる。延命装置で生きて眠っているようにしか見えない母の顔に、少年はこわばった顔を近づけ、頬にキスをして「ママさようなら」と声にならない声で涙も見せずに小さく囁いた。 横にいた私は、少年に優しく語り掛ける医師の、一つ一つの言葉に感銘し目頭が熱くなってくるのを感じていた。母の死の悲しみを、こんな思いやりのある言葉で話し伝えることが出来るのか、とその真摯な姿に胸が熱くなっていた。これだけの優しい言葉を口にしてくれる日本の医師は、果たしてどれだけいるだろうか、とその時ふと思った。 8歳の少年に、母の死はあまりに酷で、泣く事を忘れさせるほど辛い事に違いない。それだけに少年の悲しみをいたわる医師の言葉に、心を打たれ救われる思いを抱いた。 続き : http://www.fr.emb-japan.go.jp/jp/ryouji/ryouji-syuki.htm 在フランス日本国大使館 : http://www.fr.emb-japan.go.jp/jp/index.htm 唸声の気になるニュースより:http://datefile.iza.ne.jp/blog/ 母の死の悲しみなど、失うときの悲しさ、儚さから、愛にまつろう話しが多い。 失ってから気が付くのは仕方のない面もあろうが、生きて共にある愛こそ尊い。 嫌なことも、苦しいことも、SETだからこそ、人生という愛になる。 記:とらのこども お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.05.17 08:59:56
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