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やさしいって、どんなことだろう。
中国には、日本語の「やさしい」っていう中国語は無いらしい。 漢字はあるのにって思う。 やさしいは、優しいと書く。 字義は、他人の憂いを自分のものにする。 このやさしさは、愛の品質(本質)になる。 このやさしさというものの無い愛は、エゴと同義だろうと思う。 愛する人の、苦しみ、喜び、幸せを、 そのまま自分のものとするのが、「やさしさ」でしょう。 その1番自然な姿が、こどもを思う母親だ。 あれはすごい。ときどきその凄さを見る、聞く、驚く。 その10分の1、100分の1でいいから、 職場で「やさしさ」を発揮したいものと念じて仕事をしています。 ブログでも同じです。 愛のある、やさしい言葉を少しでも伝えたいと思います☆☆ とらのこども@休日再掲シリーズ PS 鎌倉時代の禅僧道元は、第三者とか他者という言葉は、自己であると教えた。 これを「他己」と言う。他己とは、他というおのれ。正しく自分を愛せたら、 他人と自分の区別を乗り越えられるという。 なるほど、しかし難しい。。。 たとえば、私は君だったかもしれない。そう思って相手を見なさいって ことですよね。私があなたで、あなたが私。であれば利己心がとけていく。 世の中に「愛」という言葉が氾濫するのは、本当の愛がないから。 愛されない男たち、女たちが増えて、世の中がゆがんでいく。 まとめて愛してやるから、俺んとこ来い!! (小さい声で言ってみた。) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.05.24 08:08:15
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