なぜ昆虫標本を針に刺すのか
昆虫採集が復活しません.1970年代に「生き物を殺すことを奨励してはいけない」といった理由から,昆虫採集は学校教育から遠ざけられました.当時やっと普及しはじめた自然保護思想も極めてシロウト的で,自然を大切に=昆虫採集禁止! といった短絡的なものがほとんどでした.最近さすがにこういう議論は減り,昆虫採集の市民権は復活してきています.問題は子供の間に昆虫採集が根付かないことです. なぜ根付かないのか.1つの理由として標本箱の値段の高いことが挙げられるでしょう.箱やその他の小道具類の値段は昔とあまり変わってないので,平均的な物価と比べると今のほうが割安のはずなのですが,それでも子供の趣味としては少しシキイが高いようです. そういう事情を意識したのか,ある子供向けの本は市販の標本箱を使わない方法を勧めています.手近な箱に脱脂綿を厚く敷き詰めて,昆虫は針に刺さないで並べるという方法です.高知市の教育関係者が毎年開いている「高知市小中学生科学展覧会」でも,この手法で作った昆虫標本が出品されていることがあります. これは名案のように見えますが,私はお奨めしません.昆虫は針に刺して標本箱に並べるものです.なぜ針が必要なのかを,しっかり考えてください. なぜ針が必要なのか.それは標本を精査する時,虫体にじかに触れないようにするためです.古い乾燥標本は固く脆(もろ)くなっています.簡単に微毛がはがれたり,触角や脚が取れてしまいます.そういう標本を手に取って調べるときのために,針が必要なのです. シロウトは昆虫の標本を眺めて楽しみます.クロウトは手にとって調べます.クロウトであるためには,昆虫標本は針に刺して,高価な標本箱に収めて保管する必要があります. 昆虫に限らず,一般に生物標本に言えることですが,標本を保持管理することの意義があまり理解されてないことが多いようです.なぜ昆虫標本を針に刺すのかという問いかけはそのまま,なぜ標本が重要なのかという問いかけに重なり,さらには,なぜ博物館が必要なのか,という問いかけと結びついているように私には思えます.