キットカットチョコレートの物語
- Chocolate war ended. かれこれ20年ほど前の話である.英国リーズ市の名門チョコレート店「ラウントリー」社が,スイスのネッスル社に吸収合併されてしまったとき,このように簡潔にBBCニュースは報道した.キットカットチョコレートの歴史に幕が降りた瞬間である. 菓子は飲み物と合わせて評価すべし,と私は思っている.最近は地方にも,けっこう良い洋菓子店ができて,おいしいケーキが食べられる.しかし,どうも不満なのは,この1点. ケーキを単独で食べることもあるかもしれないけど,多くの場合コーヒーとか紅茶に合わせて食べるのでないだろうか.だとすればケーキが単独でいくら美味しくても,コーヒーや紅茶に合わなければ,やはり失格だと思う.その点を,多くの洋菓子店は理解してないように見える. キットカットチョコレートの場合はその逆だった.単独で食べて特別おいしいチョコレートではない.ところが英国式ミルクティーに合わせて食べると,みごとに調和した味になる. 同じくラウントリー社の「アフター・エイト」というチョコレートもあった.ハッカの入ったおとなの味ということで,子供を寝かせたあと8時以降の夜の時間を,紅茶をたてて,チョコレートでも食べて,という趣旨の命名なのだろう.このチョコレートも単独では何ということもない(むしろ悪趣味な)味である.しかし紅茶に合わせて食べると納得させられる.そうか,こういう「設計思想」なのだ,と思う. そのラウントリー社が消滅した. さて, 産業革命以後の資本主義の発展は,さまざまな矛盾を生じ,英国は自由な競争,自由な契約といった資本主義本来の路線を少しずつ修正し,やがて福祉国家への道を歩むことになる.その大きな転換点が2つの出版物だった. 長島伸一「大英帝国」講談社現代新書,から引用します.(以下引用)- 20世紀初頭に始まる本格的な福祉国家への歩みを一気に速めさせたのは(中略)2つのショッキングな調査結果であった.1つは,リヴァプールの汽船会社の社長 C. ブースが,私財を投げうってまとめあげた「ロンドン市民の生活と労働」,もう1つは,地方都市ヨークでココア製造業を営むクエーカー教徒 S. ラウントリーの「貧困 - 都市生活の一研究」.(引用ここまで) この2つの研究は共に,生活できないか,それに近い貧困者が,都市の人口の約30パーセントをも占めることを示していました.そして,(以下引用)- ブースとラウントリーの2つの社会調査は,19世紀末までのイギリス社会が,せいぜいのところ7割の大衆社会でしかなかったということを,初めて事実をもって明らかにする一方,(中略)(イギリスが)さらに福祉国家を指向して前進しなければならないことをも世人に知らしめたのである.(引用おわり) ラウントリー社はいつの間にか本拠をヨークから,隣町のリーズに移したのだろう.ネッスルによる買収の話が持ち上がり,人々は必死に抵抗したらしい.リーズの町は100年に1回ぐらいしか開催されないという「長老会議」を開いて対策を練った.けれども,努力のかいなくラウントリー社は外国企業に乗っ取られてしまった. その後の小さなエピソードもある.EU統合の話が持ち上がったとき,「チョコレート」の定義が話題になった.英国のチョコレートは夾雑物が多くて,大陸側の基準からすると「チョコレート」の名に値しないと酷評された. いまキットカットチョコレートの箱には「ネッスル=マッキントッシュ」の社名が書かれている.いちご味やバナナ味など,変てこなキットカットチョコレートが次々と発売されている. 英国人は紅茶を楽しむ人々である.その紅茶にキットカットチョコレートは,ぴったりとフィットする.そういう習慣をもたない人が「改良」したキットカットチョコレートに,明るい未来はないと思う. - で,それが自然史博物館とどういう関係があるの? - そ,それはデスね~(汗)